無責任男、決意する
異世界での医者として、はじめての業務を終えてからしばらく経った。
イーリヤとは毎日カウンセリングを行い、交流を深めている。
セレスもなんだかんだ俺に心を開いてきている。だから、次のステップに進むべく、街へ繰り出していた。
このアルフという街は、都市貴族が運営している。
上から見ると、円形の外壁に囲まれており、周辺に、強い魔物はいない。
当然のことだ、危険な魔物がありふれたような地域でわざわざ街を形成するはずがない。
考えてみてほしい、争いが絶えない地域でわざわざ家を建てる人がいるだろうか?
――いや、いないだろう。
街も一緒のことで、鉱山や重要なダンジョンがない場所やスタンピードが起きてしまうところで、街を作るなど国は承認するはずがない。
もし作ったとしても人が集まらない。危険だとわかっている場所へ、移住するのは余程のことがなければする道理がないからだ。
しかし、この街には人が集まる。
安全面ももちろん、北の山の
だが、危険性は限りなく低い。事前の調査で都市貴族の兵で対応できるレベルの強さということがわかっているから。
ダンジョンとは魔物が生息している場所を指す。空間が切り離されているのか、見た目より内部は大きい。
そして、魔物は外よりも強く、危険度が高い。その反面、資源も豊富で魔石や新種の素材など金になるものがたくさん手に入る。
そのため、冒険者と呼ばれる職業の人たちがダンジョンに潜り一攫千金を狙うのだ。
中には、未知のダンジョンは存在しているが、そこでは街レベルの集落ができることは滅多にない。
未知ということは、危険性が遥かに高い。よほどのレアな素材や故郷が滅びる等の状況にならない限り、大衆は移住しないからだ。
「相変わらず賑わってるな」
そんな街の大通りの喧騒を耳にしながら脇道に入った。
そして、その脇道の突き当たりにある二階建ての宿付きの飲食店の前で足を止める。
中に入ると正面にバーカウンターが目に入り、複数、並べられた丸テーブルや椅子が乱雑していた。
「いらっしゃい、宿泊希望かい? 飯は今の時間じゃまだやってないよ」
と、恰幅のいい女将さんがカウンター奥の厨房から出てきて言った。
女将さんの名前は、メルヒオールといい、王都からやってきて店を開いている。
かなりやり手の冒険者だったが、結婚を理由に引退し、今では夫の夢である店を切り盛りし、悠々自適の生活をしている。
彼女の店は、冒険者が多く利用しそれなりに儲かっているようだ。
「いえ、宿泊じゃないです。ちょっとお聞きしたいんですが……」
「なんだい?」
「セレスの情報を売ってほしいです、彼女が今、何を抱えているのか知りたいので」
古来より酒が入ると人の口は軽くなる、だからこういったお店は様々な噂や情報が集まる。
そして、やはりか。このお店の主人は冒険者のセレスのことを知っているようだ。
「セレスの情報か……、なぜ知りたいんだい?」
「彼女に命を助けられたんです。だから力になれることはないかなって」
「ああ、あんたがセイジっていう冒険者かいね、あんたら同棲してるんだし本人に聞いたらどうだい?」
さすが、情報屋といったところだろうか? 俺の事情もすでに知っているようだ。
「彼女に何度聞いても心配しないでとしか言わない。 彼女は頑固だから一度抱え込んだらきっと教えてくれないから、だから情報を求めてきました」
嘘偽りなく、女将の目をしっかりと見据えながら答える。
「金貨1枚、払いな。そしたら教えてやる」
「はい」
迷わず、金貨1枚をカウンターに置いた。
金貨は、カードの複製料にセレスからもらったものだ。現状、なくても困らないという理由で使わずにとっていた。
「迷わないんだね」
そういうと、メルヒオールは金貨を受け取らずに俺につき返してきた。
「セレスに病気の妹がいることは説明しなくてもわかるかい?」
俺が頷くと話をつづけた。
「かなり騙されてきた彼女に変化があったのは、お前さんが来てすぐのことだ。よそから来た黒髪の男からお前の妹を助けてやる代わりに俺の物になれ、そう言われたみたいね」
そのやり取りはギルドの一角で行われていたとのこと。
当然、セレスはいきなりそんなことを言う男のことは断った。だが、男は妹の病状をつらつらと話し始めた。
今まで誰にも言ってこなかった情報もあったから、本当に助けられるのでは? と悩んでいる。
「不気味ですね」
俺が思ったことを素直に口に出す。
「ああ、この街へ来たばかりの男がいきなりそんなこと言い始めたら、不気味で仕方ないさ。でも、妹が助かるならと彼女は悩んでいるだろうね」
「ありがとうございました」
もうこれ以上の話はないと言われ、お礼を言う。
十分すぎる情報に金貨を払うといったが、結局受け取ってもらえなかった。そのうち、セレスと飯に来てくれればいいと。
そして、女将とセレスは冒険者時代の仲だから、しっかり支えてやってほしいと逆にお願いされた。
◇
何事もなかったかのように帰宅し、3人で食卓を囲む。
今日のご飯は、噛むと旨味が広がるオーク肉のステーキに、綺麗に焼かれたパン、玉ねぎに近い野菜が入ったスープだった。
「ごちそうさまでした」
労働の後の飯はうまい。彼女を見ると女神みたいな笑顔だった。
「おそまつさまでした。それにしても、セイジもかなり強くなったわね、このままだとすぐに抜かれてしまうわ」
セレスは、感慨にふけるようにいった。
それもそうだ、俺は毎日草原に通い、魔物を狩った。
そして今は、ダンジョンで潜って、日々お金を稼いでいる。
いくら稼いだかはわかっていない。財布の紐を彼女に握られているからだ。
現状に不満はない、彼女はまるで俺のことを夫のように支えてくれている。
毎日一生懸命に働き、家に帰ったら彼女の手作りの料理が並んでいる。
結婚も悪くないかもな、そう考えてしまった頭を振り払う。
「さてと、洗い物してくるわね」
「よいしょっと」
俺は席を立ち、イーリヤを抱える。
彼女の脚は動かなくなった。一人で歩くことはもう出来ない。
「セイジさん、ありがとうございます……」
「おうよ」
少し照れくさそうに話す彼女をベッドまで運ぶ。
「今日は何のお話を聞かせてくれるんですか?」
目を輝かせながら話すイーリヤ。
――そうだな。今日は、彼女の知らない話をしよう。
俺は白雪姫の話を抑揚をつけた声で演じて、聞かせた。
「素敵なお話ですね」
本当に素敵だ、そう彼女は呟く。
自身の境遇に重ね合わせたのだろう。
だから、あえて聞かせた俺のクズさ加減にほんの少しだけ嫌気がさした。
結局のところ、俺は俺だ。
責任などいっさい取らず、好きなように生きる。
救ったところで、責任を取らなければ最後は仇を見る。日本で迎えた最期のように。
だからこそ、この異世界の女どもを最初から救わず、奪うだけ奪うそれが俺というクズにふさわしい生き方だろう。
そして、姉妹を落とすまでの準備はかなり進んでいる。セレスは、俺に惹かれていることがわかっている。
日本にいた女どもの目によく似ているからだ。あとは、お願いされるのをただ待つだけ。
見捨てたところで、妹を失った彼女は立ち直れないだろう。
イーリヤは死んでしまえば、何も言うことはできまい。
そもそも、一度希望を与えてしまった治せるというものが今更嘘でした、と言って許されるはずがない。だから、やりきるしかないのだ。
若干の後悔を感じつつも、最後の仕上げをするべく思考を巡らせるのであった。
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