無責任男、初めて魔物を殺す
夜、与えられた自室を離れ、セレスの部屋をノックする。
「入っていいわよ」
女の部屋とは思えない簡素さ。ベッドに机、椅子が1つ。どれも質素なものだ。自衛のためだろうかベッドの横には剣が立てかけられている。
それに記憶に残る花の匂いがする。黒亜の付けていた香水に似ていた。
「じろじろ見ないでよ、変態」
冷静に観察していると、ベッドの上で寝転がるセレスと目が合う。無地の真っ白なネグリジェをきた彼女は髪の毛の赤さも相まって美しい。不覚にもドキッとする。
「すまない、懐かしいラベンダーの香りがしたから気になった」
匂いを言い当てられたのが以外だったのか、少し驚いていた。
「ところで、何のようなの? まさか夜這いしに来たわけじゃないわよね?」
「すごい魅力的な提案だが、そもそも夜這いしても勝てないだろ」
「あら、気づいてたのね」
彼女はつまらなそうに鼻をならす。俺はこの異世界の新参者。武力で勝てないだろうから滞在を許可されたことはわかっていた。
「今日のことを改めて……」
彼女の様子を見つつも助けられたことに対し、頭を下げる。
あの絶望的な状態から生存できたのは全て彼女のおかげだ。
「別に、助けられるから助けただけよ。それに、感謝は言葉じゃなくて行動で示してほしいわ」
「ああ、もちろんだ。俺にできることならなんでもする、絶対に」
実際はイーリヤと彼女自身が抱えている問題を知るために、部屋に来たのだが雰囲気からまだ教えてもらえないと思い、聞くことをやめた。
気づいている素振りを見せることに意味があるのだ。
「あら、いい心がけね、もう遅いから寝なさい。明日からきびきび働くのよ」
「おやすみ」
手を振りながら、セレスの部屋を後にした。
自室に戻り、ベッドで横になる。
刺されたときはどうなるかと思ったが、持ち前の悪運の良さで生き残ることができた。
何よりも美人姉妹の家に転がりこめたことは、運がいい。
彼女たちの問題は、直接聞き出せなかったが、今まで苦しんでいる女の子を助けてきた俺なら簡単に予想ができた。
イーリヤは何かしらの病気を抱えている。
セレスが貴族かどうかを気にしたのは、金銭面の援助を期待したのだろう。
その情報だけでどう落とすかは定まった。ただ、病気が何であるのか。
まずはそれを調べなければいけない。
当分の方針はイーリヤの病気を治すところから始めよう。
無理そうなら抱くだけ抱いて、遠い所へ逃げればいい。
◇
紐男生活2日目、一人寂しく魔物を求め、街外れの草原を歩く。
彼女と一緒に冒険ができると思っていたが、ついてきてくれなかった。
草原で出る魔物程度ならあんたのステータスで余裕だからと。
お決まりの『ランク管理のギルドはあるのか?』 と尋ねたら、『魔物を倒すのに資格なんて必要ないわ』と笑われた。
中世レベルの異世界で、昆虫や魚を捕まえるのにわざわざ役所へ出向き登録とかしないし、ステータスは生存競争に置ける大きなアドバンテージとなる。
命に関わる情報を与えてまで組織に登録するのには、給金という形でむしろお金をもらわないと冒険者にメリットがない。
仮にギルドが人を管理したとしても、強者は押さえつけられない。その行為自体にもお金がかかる。
街でスタンピード発生、高ランク者は強制参加という物語も存在しない。大半の人間が命最優先でギルドが与えるメリットは冒険者に見合っていないからだ。
最重要問題は、独立した組織が国を無視して、勝手にランク決めして戦力を管理することがまかり通るはずない。
反乱のもとになるそれを、国は全力でつぶしに来るだろう。
だからこの世界のギルドは魔物の情報、仕事の仲介、手配書の作成、素材の売買しか担当しないのだ。
以前、彼女が言ったBランクはどういった基準として出た話なのかといえば、ステータスの平均値でおおよそのランクが定められており、自己申告として教えてくれた。
国家レベルの仕事では、有力者から紹介、ステータスの開示もしくは指定の魔物の討伐を行うことで強さの証明をする。俺がカードを見せたので彼女もステータスを教えてくれたのだろう。
◇
「ぐぎゃぎゃぎゃ」
醜い見た目のゴブリンが3匹飛び出してきた。俺は剣を構え、戦闘態勢に入る。
ゴブリンどもは、囲むように襲い掛かる。
まずは剣を横に一閃させて正面のゴブリンの首を切り落とし、横から襲い掛かろうとしていたゴブリンに剣を突き刺してトドメをさし、体を反転させる。
背後から襲い掛かっていたゴブリンは、仲間があっけなく死んだことを確認し逃げていった。
追うことはしない。
初戦闘で赤い血を持つ生き物を殺すという行為ができるか心配ではあったが、問題はなかった。
日本で、殴り合いの喧嘩もしてきたこともあり、血もたくさん見たことがある。医大生として神経解剖もこなした。
だから、グロい状況の体性は人よりあった。
「早速、ステータスを確認するか」
あ……。
セレスからカードを返してもらっていない。重大なことに気づいた。
だが、ないものは仕方ないので今できる魔物狩りを全力でやることにする。
倒したゴブリンを収納リングに入れ、更なる敵を探すべく草原を歩く。
収納リングは、死んだ魔物を運搬をするためにギルドが開発した魔法具だ。
武器や危険物は入らないように制限がかけられている。また収納容量はリングのグレードによって異なる。グレードはF~SSSランクまである。
質のいいものは高くなる、商売として自然の流れだ。
駆け出し冒険者の俺は当然最低のFランクを使っている。何もセレスがケチで最低ランクを渡したわけではない。
身の丈に合わない装備は周囲から反感を買ってしまい、命の危険が伴う。
自腹で買ったわけではない。
セレスのお下がりだ。
そう考えると男として情けないな。
草原を散策し、ゴブリンを20体狩ったあたりで、収納リングが入らなくなった。
「帰るか」
◇
街に着くと冒険者ギルドを探した。が、どこの建物なのか全くわからない。
セレスがそこで働いていることを思い出し、彼女から聞けばいいかと帰路につく。
「ただいま~」
愛の巣に戻った俺は、セレスが『おかえり、あなた』と言ってくれることを期待し、玄関で待つ。
が、彼女の返事はない。
「?」
おかしいなと、居間に行くと、本を読んでいた。
どうやら読書に夢中らしい。
「あ~。セレスさんや~」
俺に気が付くと、本に栞を挟んで閉じる。
「帰ってくるの早いわね? ちゃんと倒したの?」
目を細め、疑うような眼差しで見てくる。
そんな仕草も美人だと可愛いので見ていて飽きない。
「ちゃんと、倒したぞ。貸してもらったリングが収納限界になったから帰ってきた」
「ちょっと見せてもらうわ」
俺の左手の薬指につけているリングを外して確認する。
しっとりとした彼女の手で指を触られるのは気持ちいい。ナニとは言わないが握ってくれないかな。
「確かに容量いっぱいね。やるじゃない」
しっかりと働く俺を見直したように見てきた。
ちなみに、左手の薬指にリングをつけたときに彼女は無反応だった。
そのことから、この世界では婚約という概念はなさそうだ。
「あー、ふたつほど聞きたいんだが」
「なに?」
「ギルドの場所とカードってどこにあるの?」
少し考えたようなそぶりをする。
「素材の換金がしたいのよね? それなら私に任せてもらっていいかしら? カードは……」
何かを探すように彼女は立ち上がり、部屋を去る。
「はい」
帰ってきた彼女の手を見ると少し高そうなリングと金貨一枚が置いてあった。
「何これ?」
「ギルドの換金は私がやるわ、職場に来られると恥ずかしいし……。あと金貨はカードの複製料よ」
顔を赤らめたり、真顔になったりと忙しい女だなと思いつつ反論する。
「いや、そのくらい俺がやるよ、後カードも返してくれればいいし」
「はあ!? あんたありえないわよ、紐は紐らしく、あたしのいうことききなさい!」
なぜか怒っている様子をみて、俺はええ……と返事をすることしかできなかった。
こうして、俺の異世界紐生活2日目は終了したのだった。
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