裏面

おばあちゃん「おばあちゃん、いつまでここにいられるかわからないからさ。寂しい思いをしないように、生きているんなら自分の場所で逞しく生きていて欲しいと思うのよ。」


彼方「…。」


おばあちゃん「いつでも話は聞くわよ。」


彼方「…うん。」


彼方は噛み締めるように伏せて

少しした頃。

彼方はゆっくり顔を上げて

気だるげにこちらを見た。


杏「…タイムリミットもあと半分もなさそうなら、もうそろそろ…。」


彼方「じゃあせめてもう少しだけ話してからがいい。」


杏「とか言って時間を忘れて話したりしない?」


彼方「…平気。ほんの少しだけ。」


杏「なら待つよ。」


彼方「先言ってた方が効率よさそうだけど。」


杏「迷ったり逸れたりしたら会いづらいんだから。」


彼方「そうなんだ。」


杏「アオイを探してる時そうだったよ。」


おばあちゃん「アオイちゃんはおてんばだからねぇ。すぐ物を無くしたり自分がどっかに行っちゃったりするのよ。なくしたなんて言っても、大抵近くを探せば出てくるのよ。」


彼方「子供あるあるだよね。意外と足元に転がってるとか。」


杏「わかる。うちもしょっちゅうやる。…それはともかく、逸れたら会いづらいのもあるけど、話すのは楽しいし。」


彼方「おばあちゃんの昔の話、面白いよ。」


おばあちゃん「まあ。そんな大袈裟な。」


杏「何それ気になる。」


おばあちゃん「ただの一般女性の普通の話よ。」


彼方「こう見えて昔はやんちゃしてたとか。」


杏「え、そうなんすか?」


おばあちゃん「ええ、今となっては恥ずかしいことだけれどねえ。隣町で1番強かったらしいガキ大将と喧嘩になっちゃって、なんでか偶然勝っちゃったりしてねぇ。」


杏「意外。」


彼方「他にも知らぬ間に舎弟ができてたとか頼んでないのに放課にパンを買ってきてもらったことがあるだとか…。」


杏「まさかのほぼほぼ元ヤン。」


おばあちゃん「あらあらお恥ずかしい。全部あったことだけれど、きちんと丁重にお断りしてるわよ。」


おばあちゃんは当時のことを

思い出しているのか、

にこにこしながら

手で空気を叩くように

手振りつきで笑っている。

丁重に断ったと言うが

果たしてうちの想像している

きちんとした意味での丁重さなのか

いささか疑問ではある。


身長はそれほど高くなく

可愛らしいおばあちゃんと言う印象だったが、

話したり顔つきを見たりしてみれば

目元に皺はあるものの

鋭い目つきをしていたのだろうことが

それとなくわかる。


彼方「でも、学生時代の話から先ってあまり聞いたことがない。」


おばあちゃん「そうだったかしら。結婚して子宝に恵まれたわよ。お父さんとは仕事先で出会ってね。何十年一緒にいたのかしら。がんで先立ってしまったけれど、幸せだったわよ。」


杏「素敵っすね。その後寂しかったりしなかったんすか。」


おばあちゃん「おばあちゃんも歳だったからね。老後施設に入ってたもんで、周りの皆さんと仲だけは良かったから、1人でいる時ほど落ち込まなかったのよ。それに、娘がよく孫の写真を持ってきてくれてねぇ。それはそれは可愛くって。」


彼方「へぇ。初めて聞いた。」


杏「お孫さんいくつなんですか?」


おばあちゃん「あの時はどうだったか…3人いたんだよ。でも最初の1人と後2人はお父さんが違くてね。異父姉妹ってやつさ。1番上の子は本当は大学生になる年齢で、下2人は高校生だったか、1番下の子はまだ中学生だったか…。」


あの時は、と話していたり、

旦那さんをなくしている話をするあたり、

おばあちゃんは自分自身が

既に元の世界にはいないのだと

気づいているのだろう。

このお年だ。

ともなれば、もう生命として

なくなっているのだろう。

なのに、こうも生き生きと嬉しそうに

話をされると、

まだ未来に希望のある人だと感じた。

話しておきながら1人勝手に

寂しさを覚える。


それと同時に、

「本当は大学生になる年齢」という言い回しに

妙な違和感があった。

成人して、でも社会人、でも

働いていなくとも他に言い方はあるだろうに。


彼方はおばあちゃんの話が聞けるのが

嬉しかったのか、

身を乗り出しそうな勢いで

体操座りのまま聞いていた。


彼方「それでお母さんが3人みんなの写真を見せてくれるって感じ?」


おばあちゃん「いいや、それがややこしくってね。」


おばあちゃんは額に手を当て、

くしゃ、と顔を顰めた。


おばあちゃん「娘は2人いるんだ。孫を産んだのは妹の方なんだけども、この妹の方がまあ人間として最低なやつでね。」


彼方「最低なやつなんて無限にいるよ。」


おばあちゃん「そうかもしれないね。姉の方はガラは悪いが、ちゃんとやることはやる子だったし案外しっかりしてたから自立してったさ。だが、妹の方は自分で生きる力がなくてね、その上感情の整理までつかないときたもんよ。結婚して第1子を授かったが、旦那さんが子供を引き取り離婚、1人じゃ生きれないからってあたしに金をせびったり、無理だとわかれば適当に男を捕まえてたね。」


杏「え、でも離婚後にお子さん2人できてますよね…?」


おばあちゃん「再婚した男との子供だよ。金がないんだから子を育てるのには難しい環境だってわかってるはずなのに、子を育てようという気もないのに産んだの。」


彼方「再婚相手もそれを止めないあたり、悪い意味で価値観はあってたんだろうね。」


おばあちゃん「ああ、そう思うよ。再婚した旦那さんは酒癖がひどくて急性アルコール中毒で急にパタ、だよ。金もないし、残ったのは欲しくもなかった子宝だけ。それで子供を置いて逃げたんだ。」


な、人間として最低だろうと

おばあちゃんは険しい顔つきで言った。


おばあちゃん「けど、親戚やあたしの娘の姉の方が面倒見てくれたみたいでね。本当ならあたしが引き受けたかったが、何せ歳なものだから。」


杏「じゃあ、お孫さんの写真を見せに来てくれたのはおばあちゃんの娘さんのうち、お姉さんの方…ってことですか?」


おばあちゃん「そうなのよ。孫のうち長女の方は、血縁外に引き取られその後再婚されたそうだから、あまり写真を見れることはなかったけどもね。下2人はいっつも仲良しみたいで、くっついてる写真が多かったんだ。ありゃあ可愛かった。」


彼方「また見れるといいね。」


おばあちゃん「…写真でなら、そうかもしれないねぇ。」


杏「…。」


おばあちゃん「けどねぇ、おばあちゃん知っちゃってるんだよ。真ん中の子を除いて2人、孫はもういないってね。」


おばあちゃんは畳に視線を落とす。

それが意味することがわかって

息を呑んでしまったうちとは対照的に、

彼方は変わらず背を丸めたまま

話を聞いていた。


彼方「生きてる時に、誰かから聞いたの?」


おばあちゃん「それもある。2人とも惨たらしい散り方だったらしい。若いのに…その上最愛の孫たちなのよ。かなしいわ。それに、この街で見たことがあるのよ。どこだか忘れちゃったけどね。」


彼方「そう。お孫さんたち、うちくらい若かったんでしょ?学校とか家とかにいるんじゃない?」


おばあちゃん「ああ、そうだったかもね。上の子は聡い子でね、いい高校に行ったって聞いたことがあったよ。下の子は楽器を頑張ってるんだって。トランペットだったかな、孫のじゃなくてもその音がすると嬉しくなるもんよ。」


彼方「…。」


杏「いつかこの街で、また会いに行かれたらどうですか。」


おばあちゃん「ああ、それもいいかもしれないねぇ。なくなったとしても可愛い孫に変わりはない。」


けれど、足腰が強くないのか

いてて、と言いながら座り直した。

そして空を眺む。

空は徐々に夕闇色に

染まり始めていた。


おばあちゃん「あら、夕方になっちまう。出かけるんならすぐに出ちゃいなさいな。」


彼方「おばあちゃん。ひとつ最後に聞きたい。」


おばあちゃん「なんだい。」


彼方「おばあちゃんの苗字って何か覚えてる?」


彼方は体操座りのまま

おばあちゃんに視線を向けた。

何気ない質問が故に

おばあちゃんが覚えているのか心配になる。

うーん、と数秒唸ってから思い出したのか

目を少し丸くして

「そうだった」と声を上げた。


おばあちゃん「旧姓は畑中…結婚してからは嶋原だよ。」


彼方「…っ!」


今度は彼方が息を呑んだのがわかった。

動揺しているのか

目をまんまるにしている。

彼方は冷静で冷酷でいる姿ばかり

見せるものだと思っていたのか、

その驚く表情が新鮮だった。

そしてゆっくりと目を細め、

うちに目配せをするとその場を立った。


彼方「…そっか、ありがと。」


おばあちゃん「こんなんでいいのかい。」


彼方「うん。もし戻らなかったら、ずっとここに居させて。」


おばあちゃん「そうならないよう、願ってるよ。怪我だけはしないようにね。いってらっしゃい。」


おばあちゃんはうちらの後ろを髪を

引かないようにだろうか、

駄菓子屋の前まで来て

送ることはしなかった。

店の前の道に出ると、

いろはは柵にもたれ、

目の前の川を見つめていた。

猫がいなくなっている。

寂れた背中がきゅう、と心臓を握る。


杏「いろはー。」


いろは「ん?おー、2人ともー。」


杏「お待たせ。」


いろは「ううんー。ぼうっとしてただけー。」


いろははあくまで

いつもの調子だった。

うちの知らぬ間に

猫とお別れしたのかもしれない。

猫についていかず

ここに残る選択をしたと言うのは

きっとそういうことだから。


いろは「彼方ちゃんもいるー。」


彼方「いるよ。」


いろは「ふふー、嬉しいよー。」


杏「この街にいられるのももうそんなに長くないんだって。だからそろそろ行こう。」


いろは「おー。彼方ちゃんも来てくれるのー?」


彼方「ついていこうかな。」


いろは「なら、一緒に帰ってくれるってこと?」


彼方「それは迷ってる。」


いろは「んー。気が向いたらかー。」


彼方「そ。でも今のところついていくだけ。帰りたくはないかな。」


いろは「はーい。じゃあ一緒に運動だー。それでどこにいくのー?」


いろはが柵から離れ道に出る。

3人で歩きながら

いろはに説明しようとしたその時だった。


「いたーっ!」


突如幼い声がすると思えば、

前の方からスカートを

はためかせて女の子が走ってくる。

紛れもない。

ちょうど探していたアオイだった。


杏「あ、アオイ!?」


アオイ「お姉ちゃん、勝手にどっか行っちゃダメでしょ。すっごく探して、劇場行って、んで、探しててね。」


杏「ああ、ごめんごめん。うちも探してたの。」


アオイ「そうなの?」


アオイはなんだか常に楽しそうに

ふらふら踊るようにその場で

足振りをしたり回ったりしながら話していた。


彼方「またこの子。」


いろは「アオイちゃんって言うんだー。」


アオイ「うん!アオイっていうの!」


杏「2人とも既視感あったりしない?」


彼方「既視感?この子に?」


杏「そう。4月から一緒に不思議なことに巻き込まれてるメンバーで…園部蒼って人がいたの覚えてない?2人とも学校も違うし関わりはほぼなかったから覚えてないかもしれないけど…。」


彼方「覚えてるような覚えてないような。はぁ…元からこうだったのか忘れてるのかもちょっと微妙かも。」


いろは「私わからないやー。」


杏「そ…っか。」


うちは深く関わりがあったし

夏も何度も会っていたから

当然存在そのものは知っているし

覚えているけれど、

やはり関わりがほぼないと

知らない人になってしまうらしい。


アオイ「そーだ!お姉ちゃん!」


杏「ん?」


アオイ「もうすぐでね、好きな女優さんの舞台、あるの!行こう!劇場であるの!」


いろは「おー、いいねー。」


彼方「劇場だって。ちょうどいいじゃん。」


杏「そう?焦らなきゃいけないのに時間ある…?」


彼方「おばあちゃんさっき言ってたでしょ。アオイはすぐ物なくすけど近くに落とすって。」


杏「あぁ、言ってた。」


彼方「探してみる価値はあるでしょ。」


いろは「ねえねえアオイちゃん。」


アオイ「なあにー?」


いろは「お姉さんたちはアオイちゃんみたいに足が速くないから、ゆっくり案内してくれると嬉しいなー。」


アオイ「えー、ゆっくりー?」


いろは「うん。アオイちゃんにしか頼めないんだよー。」


アオイ「ふっふー。ならいいよ!ついて来て!ゆっくりね!」


するとアオイは

前回走り去っていったのが嘘のように

ゆっくりと歩いて

時々後ろを振り返りつつ

案内をしてくれた。


杏「扱いうまっ。」


いろは「でしょー。全然1人っ子ー。」


彼方「下の子いそうだよね。」


杏「わかる。のんびり長女って感じ。」


いろは「長女は長女だよー。」


彼方「テキパキした妹や弟がいそうってこと。」


いろは「え、頼りないって言ってるー?」


3人で雑談する余裕があるくらいには

アオイはゆっくり歩いてくれた。

アオイは1人でもどんどん話してくれるし、

主にいろはが話題を振っては

パパはすごくて、ママもすごいと

嬉しそうに話していた。

結局何がすごいのかわからなかったが、

自慢の親御さんだと理解するには十分だった。


都市部を抜け、細い路地に入り、

角をぐるりとUターンすると、

そこには大きな建物があり、

駅と併設されているようなビルがあった。

アオイは慣れたように

エレベーターに飛び乗り、

上の階のボタンを押す。

エントランスがあり、

ホールに入る前の扉は

重厚感があり緊張が走る。

けれど、アオイはそんなこともないようで

重たい扉を全身を使って開き、

するすると中へ入っていった。


好きな女優さんの舞台がある、

と言っていた割には、

ホールの中には誰もいなかった。

が、舞台の上で1人しゃがんでいる。

アオイは舞台の最前列の席より

前へと走っていった。

彼女の後を追うと、

足音の多さで気づいたのか

ぱっとしゃがんでいた人が顔を上げた。


「あ!アオイちゃん。また来てくれたの?」


アオイ「うん!今日、舞台やるんでしょ?」


「ううん。今日は練習するだけだよ。舞台は来月の今日。」


アオイ「あれ、そうだったっけ?」


「そちらは?」


アオイ「友達!」


「そうなんだね。」


少々高いけれど、

芯のある凛とした声だった。

はきはきしゃべっていて聞き取りやすい。

たん、と舞台から降り、

同じ目線に立ってくれた。

うちよりも少し身長が低く、

しかし姿勢が正しいからか

彼方にも負けない気迫を感じる。

そしてくりっとした大きい目。

言動に恐れを感じなかった。


目を見開く。

記憶の中とは確かに違う人物のようだが、

その姿、顔には見覚えがあった。


古夏「初めまして。根岸古夏です。」


杏「…っ!」


いろはと彼方はあまり覚えていないのか

どうも、と何も思わず、

はたまた覚えているも

何も悟られないようにか

通常のように挨拶をする。

一間遅れて挨拶をした。


古夏「来てくださったところ申し訳ないのですが、自主練習をしているだけでして。もしよければアオイちゃんと一緒に見ていかれますか?」


アオイ「みる!みる!」


古夏「ふふ。いつもありがとね、小さな可愛いお客さん。」


うちらがどう返答しようと、

アオイのことだ、

一緒に見ていたのだろう。

それから10分ほどの短い時間だけだったが

古夏の練習を眺めた。

中央の座席、たった4人。

こんなに贅沢なことがあって

よかったのだろうか。


台本を持って立ち回っているあたり、

まだ公演までは時間があるようだ。

舞台は来月だ、と言っていたし

その時の台本なのだろう。

とはいえ明らかに完成度が違った。

ひと言発しただけで

空気がびりびりとひりつく。

人がいないこともあり、

空気全体に古夏の声が響く。

古夏の作る世界観に

ぐいぐいと引っ張られ、

彼女の見ているものと

同じ物を見ているような感覚に陥る。


彼女が演劇を続けていたら

こんなにも恐ろしく、

そして美しい演技をするように

なっていたのかもしれない。

惜しいと思うと同時に、

やはり彼女は声をなくしたのだと

突きつけられる他なかった。


10分後、アオイちゃんは

両手を大きく使って拍手をした。

それにつられて拍手をする。

古夏は姿勢正しくお辞儀をした。


古夏「ありがとうございます。」


アオイ「すごい!やっぱりすごい!本物みたい!」


古夏「嬉しいよ。これからもっと頑張れちゃう。」


アオイはとてとて、と

舞台の方へ走ってそう話す。

うちらもそちらの方へ向かうと

古夏はにこ、と笑顔を向ける。


古夏「お聞きくださりありがとうございました。」


いろは「ものすごくお上手でびっくりしちゃいましたー。」


彼方「演技、好きなんですね。」


古夏「…!はい、大好きです!」


にっ、と歯を見せて

笑う古夏はとても新鮮で、

元の世界でもこうであればいいのに

なんて願ってしまう。

もっと彼女の演技を見ていたい。

そう思ったが、時間は止まってくれないのだ。


古夏「では、次のお仕事があるので失礼しますね。またいつでもここに来てください!」


そう言って古夏はうちらに

ひらひらと手を振って

台本を鞄の中に丁重に入れ

走り去っていった。


次の現場の移動前ぎりぎりまで

この場所で練習していたのかもしれない。


アオイ「あの女優さんね、大好きなの!ほんとにすごくてね、舞台、好きになったの!」


杏「…わかるよ、あの子すごいよね。」


彼方「杏。」


彼方が制するように

うちの肩に触れた。

話を広げるな、と言っているようで、

それは果たして自分も帰るためか、

それともうちらを気遣っているだけなのか

見分けまではつかなかった。


そうだ、時間がないのだった、と

改めて噛み締める。

時間さえあれば、

それこそ来月の舞台だって

見に行きたかったものだ。


杏「ん、お小遣いを探すんだよね。」


彼方「劇場ってひと言に言っても広いから早くしよう。」


いろは「あ、待って待って。」


彼方「何?」


いろは「さっきねー、座席に座った時なんか踏んだなーって思ってこれ拾ったの。」


そう言っていろはは

片手を広げて

500円玉を見せた。

それを見たアオイは

ぱぁっと顔を明るくしては、

いろはからその500円をもらい

その場で両足をあげて

ぴょんぴょん跳ね出した。


アオイ「これ!これ、なくしてたお小遣い!」


いろは「おー、すごい奇跡ー。」


彼方「いつもあの席で見てた…とかそういうオチでしょ。」


アオイ「どうしていつもの席がわかるの!?すごい、魔法使いみたい!」


杏「案の定…と。まあまたなくされても困るし、近くの自販機でコーヒー買うまで見ててあげよう?」


彼方「だね。」


いろは「何でコーヒー?」


杏「親御さんからのお使いだとか。」


いろは「あー、会った時そんなことも言ってたようなー。」


アオイ「買い行く!」


彼方「あーわかったわかった。付いてくから。」


彼方は子供が苦手なのか

面倒くさそうに顔を顰めて言うが、

アオイは一切気にしていないようで

ホールから出て近くの自販機に

500円を入れた。

からん、と硬貨を食べる音がし、

全てのボタンに光が灯る。


アオイ「あ、そうだ!学者さんからおまけの話聞いた?」


がこん。

アオイは缶コーヒーのボタンを

押しながらそう言う。

そういえば学者さんの話を

おばあちゃんから聞いていた。

この街のことをいろいろ知っているのだとか。


杏「おまけ?」


アオイ「そう!学者さんがね、言ってたの。たまにこの街に生きてる人が迷い込んじゃうんだって。」


いろは「私たちみたいなってことかなー。」


アオイ「それでね、生きてる人が帰る時は何でもひとつ持って帰れるんだよ!」


杏「何でも?」


アオイ「うん!あ、でも、帰る時に一緒だった人?えっと、3人で帰っても1人分と一緒、とか、うーんと。」


杏「つまり…?」


彼方「同タイミングで帰ったら何人いようが1人換算ってことじゃない?」


アオイ「そういうこと!1人分になっちゃうんだって。」


杏「彼方保育士いけるよ。」


彼方「絶対いや。そもそもあんまりこの街から出るつもりないし。」


空気を切るように

彼方はそう言い切った。


彼方「いなくなれるならその方が楽だよ。」


アオイ「そんなことないよ。ちょっと寂しい。」


彼方「うちらの世界はうんと寂しいの。」


アオイ「そんなことないもん。」


彼方「…そ。まだ知んなくていいね。」


彼方は壁に背を預けた。

アオイは一瞬困った顔をしたけれど、

缶コーヒーに目を落としては

彼方との話など

忘れてしまったかのように

目をきらきらと輝かせた。

よっぽど嬉しかったのだろう。

この世の全てをいい方向にて信じる彼女は

光そのもののようだった。


アオイ「お姉ちゃんたち、ありがとう!帰るんだっけ、道、わかる?」


杏「ううん。だから教えて欲しいの。」


アオイ「ゆっくり?」


杏「うん、ゆっくり。」


アオイ「わかった!」


満面の笑みで彼女はそう言った。

そして小さい足でゆっくり

大股で歩いていく。

3人で顔を見合わせた後、

アオイちゃんの後をつけていった。


何かひとつ、何でも持って帰れる。

何でも。

きっと、なくなったもの何でもだ。


物。

生き物。

人。


何でも。


その言葉を噛み締めながら

1歩1歩帰り道へと

近づいていくのだ。

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