彼の面

いろはから、次に人影が見えて

ついて行った先に道があったら

ついてきて欲しいと言われてから2日が経ち、

その間に何かしらの影を見ることはなかった。

それまでほぼ毎日見かけていたが故に

ぱたりと止んでしまったことに

違和感があった。

いろはもここ2日間は

見ていないと話しており、

2人して首を捻った。


杏「今日も何もなし。」


いろは「私もー。家の近くでも見てないし不思議ー。」


道の先についてきて、と

言われた日から

いろはとは一緒に下校している。

帰った後に見かけたら

互いに連絡するようにと話は固まっていた。

できる限りのことはしているが、

そもそも現象が起きない限りは

どうしようもない。


夏にまた逆戻りしたような気候の中

半袖が風に靡く。

秋になったのだし

ウィッグを被って

イメージチェンジも楽しめると

思った束の間これだ。

早く冬にならないだろうか。


いろは「あーあ。今年ももう終わっちゃうなー。」


杏「高校生の時間は貴重だって聞くけどほんとあっという間だよね。」


いろは「うんうんー。学校行って勉強してダラダラしたら1日終わっちゃうもんー。」


杏「わかる。部活とかバイトやってる人の時間管理術教えてもらいたいくらい。」


いろは「私は教えてもらっても使いこなせないだろうなー。」


杏「あー…うちもだわ。」


いろは「杏ちゃんは休みの日って何してるの?」


杏「大体家の中で籠ってるかなー。」


いろは「そうなの?全然そんなイメージないや。」


杏「あはは、マジ?超インドアだから。」


いろは「ずっと寝てるのー?」


杏「そういう日もあるし、動画で見つけたハンドメイドとかクラフト系とか…少し触ってすぐ飽きて辞めてる。」


飽きているわけではないけれど、

それを説明するには

あまりにわかりづらくなってしまう。

そう判断しては咄嗟に省略していた。

ハマる前に引き上げる。

楽しいと思ったら離れる。

それが癖づいてしまった

…いや、それを癖づけた。


いろは「おー、多趣味だー。」


杏「そんなんじゃないよ。いろはは?」


いろは「うーん…動画見て…寝て、ピアノとかの音楽を聴いて、また寝て…たまに散歩して、またまた寝てるかなー。」


杏「寝すぎじゃない?」


いろは「何時間でも寝れるよー。」


杏「わっかいなぁ。」


いろは「カフェインあんまりとってないからねー。」


杏「そういう問題?」


いろはは話し方も話す内容も

ふわふわとしていて

掴みどころがない。

夏前、いろはがまだ

美術室に入り浸っていた頃に

話したことはあるのだが、

その時も同じような感想を

抱いたような記憶がある。

確か彼方がいなくなった直後で

それに関する話をしたんではなかったか。





°°°°°





杏「彼方と仲良かったってTwitterで言ってなかったっけ。」


いろは「うーん、明言した記憶はあんまりないけど…多分彼方ちゃんがいなくなった時、私の方に連絡の矢印が向いたからそう思ったんじゃないかな?」


杏「あー…じゃあ別に関わりない感じ?」


いろは「ううん、ちゃんとあるよ。大丈夫、大丈夫ー。」



---



いろは「巻き込まれたみんなの中だと、もしかしたら1番会ってる人だったかもー。」


杏「その、さ。悲しくないの?」


いろは「寂しいは寂しいよ。戻ってきて欲しいとも思うよ。」


杏「一応そうは思ってたんだ。」


いろは「でも、本人が望むならだねー。」


杏「え…?」


いろは「本人がまだ生きていると当たり前のように仮定しているけれど、まあそれはいいとして。もし今ここじゃない場所で穏やかに過ごせているのなら、無理やり連れて帰るようなことはできないよー。」


杏「いやいや、戻った方がいいでしょ。だって周りの人とか…心配するし。うちだって心配だし、彼方のこと似てるってちょっと思ったから…仲良くなれるって思ったし。」


いろは「互いのエゴだよねー。」


杏「エゴ?」


いろは「そう。こうあって欲しいってものを無自覚のうちに押し付けちゃうの。」





°°°°°





あの頃のいろはとは

訳あって別の…と呼べばいいか、

いろはは変化してしまった。

今でも連れて帰りたいと

心から思っているかは定かではない。


いろは「そうだ。」


杏「ん?」


いろは「人影の話ねー。杏ちゃんの会いたい人って誰なのかなーって。」


杏「そもそも会いたい人がいる前提?」


いろは「だって道の奥についてきてって言った時、そこで引っかかってたじゃんー。」


杏「あーね。まあ…いるよ。」


いろは「会えるといいねー。」


杏「深掘りしないんだ。」


いろは「うーん、たった今は気が向かなかっただけー。」


杏「いろはは彼方を探すのと…飼ってた猫だっけ。」


いろは「そうー。」


杏「他に会いたい人がいるとかない?」


いろは「え?他にかー。」


杏「うちさ、人影をこの場所で見たってツイートしたら、それを見た人から奴村陽奈さんって方じゃないかって教えてもらったの。」


いろは「お姉ちゃんだねー。あ、2つ上の従姉妹で、昔からよく一緒に遊んでたからそう呼んでるんだー。」


杏「そうなんだ。その人を探しに行く…とかではない?」


いろは「何を勘ぐってるのー。言葉以上の意味はないよー。」


何を考えているのか、

はたまた何も考えていないのか

空模様を眺めながら言った。

前のいろはは彼方のことを

連れ戻したいが

無理矢理するほどではないと言った。

本人が望むならと

そこに自分の意思はないように。

今でもそう思っているのか確かめたかったが

過去のいろはの話を出すのは

何故か憚られるような気がして口をつぐむ。

その時だった。


杏「あ。」


通学路。

いくつか先の角を曲がった姿。

お団子に結っていたように見えた。

もしかして。


杏「……彼方?」


そう理解した瞬間、

いろはに説明もなく

自分の鞄が浮かないよう抑え駆け出した。


いろは「え、杏ちゃんー?」


杏「彼方がいたっ!」


いろは「わ、待ってよー。」


緊張感のない声が

後ろから聞こえた。

角を曲がると、次の角を曲がる彼方。

いろはがうちを視認したのを

確認してから走る。

彼方はうちらのことを

一切見ないにも関わらず、

曲がり角など姿を

確認できるようにしていた。

歩いて行っても間に合うのだろうが、

気が早ってしまって仕方がない。

まるで誘い込んでいるかのよう。


息も絶え絶えないろはを背に

汗の流れる中たどり着いたのは

普段使っている最寄駅。

改札を通り、人の影に消える彼方。


いろは「はぁ…はぁ…。」


杏「いろは、こっち!」


いろは「ま、待ってー…。」


後を追って改札を通る。

風が強く吹いた。

まるでたった今真横で

電車が通ったような強さだった。

途端に周囲の音が消え去る。

後ろを振り返ると、

へとへとになりながら

改札を通り終えて

定期券をしまういろはがいた。

…いろはしかいなかった。


杏「……え…。」


いろは「はぁー…はぁー…やっと待ってくれたー…。」


杏「ねぇ、誰も…何で。人が一瞬で…?」


いろは「え?あ、ほんと…だー…。」


杏「何でそんな無感情!?戻らなきゃ」


いろは「待って。ひー…彼方ちゃんを追うんでしょー…はぁー…。」


杏「でも」


いろは「それに…あれ。」


膝に手をついて肩で息をし、

顔を下げたままプラットホームへ向かう

階段の方を指差した。

すると、廊下部分には

普段存在している降り階段に加え、

廊下が伸び、さらにひとつ存在していた。

ありもしないはずの廊下部分。

忽然と消えた人々。

数日前、いろはの言っていた道。

その全てが今目の前で

揃っているらしい。


目の前の情報を処理するのに

時間がかかっていたのか、

いろははある程度息を整えたらしく

鞄の紐をかけ直した。


いろは「…行こう。」


杏「……本当に行くの?」


いろは「無理やり連れていきますー。」


杏「今戻ればまだ何とかなるかも。」


いろは「逆も言えるでしょー。」


うちを追い越して

存在しないはずの階段へと向かう。

まだ1歩が踏み出せなかった。


いろは「今行けば何とかなるかも。」


杏「…。」


いろは「来て。」


いろははうちの元に戻り、

そっとうちの右手を持ち上げて握った。

そして言葉通り

無理やり手を引いた。

いやでも足を動かされる。

止まるほどの勇気もなく、

踏み込むほどの度胸もない。

長いこと隠していた

自分の嫌な面と向かい合っている気分だ。


プラットホームに降りると、

奥には普段うちらが乗り降りしている

ホームが見えた。

当然の如くは人はいない。

駅の外にも1人もいないようで

音が枯れ消えてしまった。


そんな中、タイミングがいいことに

電車が到着するアナウンスが流れる。

滑り込んできた電車には

新川島行きと記載されている。


杏「…新川島?」


いろは「知ってるところ?」


杏「いやいや全然。」


電車の中はがらがらなのが

外からでもわかる。

やがて停車し、

目の前で風の音を鳴らし扉が開いた。


いろはは迷いなく乗車し、

手を引かれてそのままうちも

足を踏み入れる。


いろは「なんか…匂いが違うね。」


杏「匂い?」


いろは「…何だろう、懐かしいような…嗅ぎ慣れない感じがするー。」


そう言って近くの座席に座った。

その時、時間切れと言わんばかりに

電車の扉は閉まり、

うちが座る前に

がたんと大きな揺れと共に

電車は動き出してしまった。

近くにあった手すりを掴む。

ところどころ錆びているようだった。


心臓がばくばくと音を鳴らしている。

走ってきたせいだ。

きっとそうだ。

だから汗が止まらないのも

心臓の音がうるさいのも全部…。


本当によかったのだろうか。

4月の時のことを思い返す。

うちの隠し事がバレたら。

そう考えて眠れなかった夜と似ている。

もしも今回帰れなかったら。

秘密が他の人に

知られるようなことがあったら。

もしも。

電車のたどり着く先で1人になったら。

いろはに置いていかれたら。


自然と握る手に

力が入っていた。


いろは「大丈夫。」


杏「何が。」


いろは「何もかもー。」


杏「適当すぎ。」


いろは「それくらいでいいよー。」


杏「怖くないの?」


いろは「怖いかなー。」


杏「嘘つき。」


いろは「本当だよー。」


いろはのせいで。

そこまで出かかって言葉を呑む。

まだ何か危害を

加えられたわけでもないのに

攻撃的になるのは違う。

不安で人を傷つけてはいけない。

深呼吸をしてから

いろはを目を合わせずに

彼女の隣に座った。


杏「手、離して。うち手汗ヤバいから。」


いろは「うーん。いやー。」


杏「何で。」


いろは「寝てたら起こしてー。」


杏「何それ。」


彼女のほうを一瞥すると

リュックを空いた手を使って膝の上で抱え

頬を押し付けて瞼を閉じていた。

本当にどこでも眠れるらしい。

うちばかり不安になって馬鹿みたい。


スマホをつけるも

案の定電波は届かない。

電車内の内装も

どことなく古びている。

見たことのない

広告とも言えない何かが貼られている。


電車の速度は普段と

同じ程度のはずなのに

車窓の外はぼやけて全く見えない。

起きているだけ無駄なのかもしれない。

うちもそっと瞼を閉じた。





***





「起きて。」


「おーきてー。」


その声で重たい瞼をゆっくり開く。

光が差し込んで

自然も眉間に皺がよる。


いろは「おはよー。」


杏「あ……寝てた…?」


いろは「私も寝てたー。今起きたー。着く時がたんってなったんだよー。」


杏「マジか…全然気づかなかった。」


リュックを手に座席から離れる。

電車はここで終着点なのか

扉は開かれたまま固まっている。


いろは「着いたみたい。行こう。」


杏「ここは?」


いろは「多分駅だよー。なんとか駅。忘れちゃった。」


笑ってそう言った。

2人で電車を降りると、

そこはホームとも言えない土地になっている。

まるでただのコンクリートの道のよう。

改札もなかった。


それから住宅街が広がっており、

中からはテレビの音やら何やらが

いろんなところから聞こえてくる。


いろは「見てみて。」


アパートの1階の部屋は

窓が開かれていて、

風でカーテンがはためき

中がちらと見えた。


杏「ちょっと勝手に人の家を…」


いろは「テレビ。」


杏「それが何……。」


テレビくらい普通にあるでしょ。

そう言いかけて目を見開いた。

ブラウン管のテレビだったのだ。

箱型の大きなテレビを見たのは

幼少期にあったかどうか。


いろは「他にも。家が古いし、干されてる服とか多分間取り…畳が多いような気がするとか…何か…いろいろ違う。」


この短時間でやたら

きょろきょろしているなと思えば、

あらゆる場所を見ていたらしい。

言われてみれば

最近よく見る住宅街と比べると

数十年前のような風貌をしている

…が、かと言って

古く色褪せているというよりかは、

新築だが木造建築が目立つ、

と言った方が正しい。


杏「…もしかして、昔の街に来てる…とか?」


いろは「もうちょっと歩いてみよう。」


うちが返事をする前に

すたすたと前を歩いてしまう。

彼女の背を見失わないようにと

その背を追うのだった。

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