小春(二十三歳)③
……なんでだ。なんであんなことを口にしてしまったんだろうか。
いや、私は多重人格じゃないし、わかっている。潜在的にあった、きつくてつらいとか、駄目な自分が続けていくのは無理な仕事なんじゃないだろうかなどといった気持ちが積み重なった、辞めてしまいたいという感情の部分が、出口調査の結果を公にするのを「やめる」という言葉で刺激されて、噴きだしてしまったんだ。
とにかく撤回しなきゃ。そんな、勢いで退職なんてしちゃ絶対にいけない。大学生の頃から、いろんな方面から、今の若い人は入社後すぐに辞めるコが本当に多いけど、最初は苦痛でもだんだん仕事は楽しくなってくるものだし、間違いなく後悔するぞと散々言われて、自分はそうする状態にならないようにと懸命に頑張ってきたのがすべて無駄になってしまう。
「あの!」
「何だよ、今日は珍しくよくしゃべるじゃねえか。まあ、辞める前にいろいろ言っときたいか」
ん? なんか、さっきから宇藤さん、表情がゆるいよな。こんなの初めてだ。
もしかして、喜んでる?
「おい、言うなら早くしろよ。もう会社に着いちゃうぞ」
「あ、はい。ええと、その……」
あれ? なんて言おうと思ったんだっけ?
「おい」
「は、はい。今日、お疲れさまでした」
「え?」
宇藤さんはきょとんとした顔になった後、微笑んだ。
「よかったー。もしかしたら、『今までの恨み』とか言いだして、殴られたりするんじゃねえかと一瞬身構えちまったよ。そんなにひどいことしてねえよな? 俺。あ、そうそう、今日な。ご苦労さん」
車が停まった。テレビ局に到着してしまった。
……いっか。きっと宇藤さん、足手まといが一人減るから嬉しいんだろう。どうせ私にマスコミ業界を変えるなんて一生かかっても、いや、一生どころか何回生まれ変わっても、できっこないんだし。
転職は大変だろうけれど、人手不足なご時世だし、今の歳ならまだなんとかなると思うし、別の働き口を探そう。
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