小春(二十三歳)②

 何だ。道を歩いている人が大学時代の知り合いかと思ったが、どうやら違ったみたいだ。

 今そうかと思ったコといい、大学を卒業してから会ってない人は多いけれど、みんなどうしてるかな? 元気に働いているのだろうか。

 社会人になって一年半が経ったのか。長かったような、短かったような。

 思えば就職活動のとき、「なんでマスコミ志望なの? 既存のメディアはどれも先細りだろうし、テレビなんてネットに飲み込まれて消滅するかもしれないのに。ちゃんと考えたほうがいいよ」とか「なんとなくかっこいいと思ってじゃないの? 浅はかだね」などといった、批判的に言われることも少なくなかった。

 私は、働くのはマスコミじゃなきゃ嫌というほど、この業界に強い憧れはなかったし、就職など頭にない以前から、ネガティブな印象を既存のメディアに対して持ってもいた。

 それでも、誠実に愚直に取材なんかをやっていると感じる番組や紙面には、ネットからでは得難い、感情を強く揺さぶられるものや、人生観が変わるくらい大きい何かを味わえることがあるし、既存のメディアの好ましくない部分は、偉そうだが自分が少しずつでも変えていきたいと思ったのだ。

 だけど、いざこの業界に足を踏み入れてみると、当たり前ではあるがそう簡単ではない。考えてみれば、私みたいな小娘に言われなくても既存のメディアの良くない点なんてわかりきっているし、同じように、悪いところは変えて、もっと世の中の人たちに愛されるものにしたいと思って、入社してくる人もたくさんいるだろう。優秀な人がいっぱいいるのに、なかなか変わらないマイナス面が少なくないのは、改めるのがそれだけ難しいのだ。

 まず、とにかく忙し過ぎる。

 過労死が問題だとか、ブラック企業はけしからんといった報道も当然あるけれど、いまいちメディアはそうした問題に対して迫力に欠ける。だから減らないんだなどと思っている一般の人もけっこういるんじゃないだろうか。

 それは、いつニュースが入ってくるかわからなかったり、仕事の性質上仕方ない部分も多いが、マスコミ業界の人たちがブラック企業の社員並みの長時間でハードな働き方をしていて、いつ過労死してもおかしくない状況にあるのも大きいと思う。ブラック企業や過労死するくらいの労働がひどいことなんだという感覚が麻痺してしまっている人がおそらく多いのだ。

 そもそも、ニュースなら毎日、その他の番組も多くが毎週放送しなければならないというサイクルの早さで単純に忙しいうえに、多チャンネル化や新しい業務などでやることが増えていってもいるし、新聞なんて、前もって用意された原稿もあるにしても、毎日あれだけの量の活字のものをよく出し続けられるなとしょっちゅう思うし、決められた日時までに無事に仕事をやり遂げるだけでも精一杯なのだ。そんななかで、たくさんある競合する会社や媒体より自分のところのものを見てもらうには、目立つようにするのが手っ取り早く、目立つようにするためにはどうしても見出しなどを中心に過激な、味つけの濃い方向へいってしまうんだと思う。

 そしてネガティブなのは保険みたいなもので、一定の成功はほぼ約束されている。写真週刊誌しかり、テレビも、ワイドショーや、誰かを傷つける内容のバラエティー番組が多いのはそのためだ。健全で、かつ、面白いのを目指したと思われる番組を観ると、それを実現するのは難しいのだろう、中途半端という印象で、つまらないものになってしまっていることが少なくない。

 それに、取材なんかで多くの人と会うと、信じられないくらいひどい性格の持ち主が世の中にはいるんだと実感する。許せないという正義感からの非難する気持ちが抑えられないときもあるだろうし、自分が望むかたちで報じられなかったり、一生懸命長い時間をかけて行った撮影が丸々無駄になることも珍しくないし、忙しくて疲れているのも相まって、イライラから暴力的な表現になってしまうという本能的な部分もある気がする。

 でも、それでも、視聴率や部数が落ちていってるなかで、仕方ないと現状に甘んじるんじゃなく、まずは既存のメディアにはそれほどスピードは求められていないという点を直視して、社員スタッフみんなが余裕を持って質の高い仕事ができる環境をつくるようにすべきなんじゃないかな。最近のテレビはマンネリ化して面白くないとよく言われるけれど、いろんな企画が出尽くした感じもある現在、さらに斬新で人を引きつける番組を生みだそうと思ったら、考えたり準備する時間がそれなりになくちゃ無理に決まっている。

 そのためには毎日二十四時間番組を放送しなくてもいいと思うし、視聴率が望めない時間帯は昼間でも放送をやらないとか、省エネになって急務である気候変動対策にも一役買いそうだし、それが無理なら、ドラマや映画は過去のものをよく流すけど、昔のスポーツのすごかった試合を最初から最後まで見せるとか、さまざまなジャンルのいい映像がたくさんあると思うんだよな。もしくは、スポンサーの商品を、いかにも宣伝というかたちじゃなく、本気で視聴者目線でどういったものなのかいろいろ尋ねるような番組をやれば、面白かったり役に立つ情報を得られたりして、そんなに手間暇かからず、それなりの視聴率を取れるかもしれない。

 とにかく、そうして本数や労力をかけるものを減らしてでも、これはという番組一つひとつの制作にもっと時間を使えるようにすれば、優秀な人は多いんだから、ネットなど他を圧倒するくらい素晴らしくて、たくさんの視聴者を満足させる作品はできるはずだ。

 それから、例えば選挙のように各局で同時刻に、今日のA市じゃないけれど、「元気のないまちを盛り上げる」などの同じコンセプトで作った番組を放送して、競うなんていうのをやるのも面白いんじゃないかな?

 ある局はドラマ、またある局はドキュメンタリーなど、ジャンルは何でもよく、視聴率や視聴者の評価に、質の面から有識者といった人たちによる評価も加え、順位をつけたりしてイベント性を高め、一回限りではなく半年だとか一定の期間続けるようにする。そして、盛り上げるまちは各局別にすることで、それぞれの番組が実際にどれほどまちの活性化に貢献できたかも何かしらの基準で測って競うというふうにしたら、そのまちのみならず、周辺の市区町村やそのまちがある都道府県全体が応援してさらに盛り上がったり、どの番組が良いと思うかで、最近はあまりない光景であろう、家族や友人たちとテレビが話題の中心になったりして、たくさんの人に観てもらえるんじゃないだろうか。

 テレビ局が視聴率を気にしているのは周知の事実なんだから、それよりも番組の質が大事ですといった、嘘ではないけれど半分は建前であることを言っても見透されてしまうだけだし、いっそのことそうした健全なテーマのもとでもっと堂々と競えばいいと思う。もしそれが支持されれば、テレビはすべて録画で済ましていた人が、気に入った番組の視聴率を上げるためにリアルタイムで観てくれるなんてこともあるかもしれないし。

 それに、同じような競い合いはテレビに限らず、活字メディアだってできるんじゃないかな?

 今はマスコミの多くの人が、ぶらっと散歩する暇もないような状態だから、世間の空気が感じられず、一般の人と感覚がずれている面もあると思う。それは政治家にも言えるに違いない。

 そして、安易に誰かを傷つける放送などを行わないようにするべきだろう。単純に倫理的にというだけでなく、やっぱりそれが既存のメディア離れにつながっている部分があると思うし、社会的立場があるマスコミ各社はどうあがいても辛らつさでネットには勝てないんだから、きっぱりとやめるくらいのことをしたほうがいいと思う。

 批判自体は必要だし大事とはいえ、それが強ければ強いほど、された人が良くなるというふうにはならないだろう。じゃなければ、ほぼ毎日批判されている政治家なんて、とっくに全員が目を見張るほどの善人になっていなければおかしいはずだ。せっかく内容はいいのに、その批判をされた人の神経を逆なでして逆効果になったり、批判した側とされた側の対立ばかり注目が行って、問題の解決に何の役にも立たなくなってしまっているケースも多いと思うし。

 既存のメディアはネットよりも信頼度は高いんだから、そこにとことんこだわって、真摯に放送や出版をしたほうが絶対にいい。別にそんな真面目で堅苦しいだけじゃなく、馬鹿みたいなことはやってもいいんだ。ただ、正義を振りかざして誰かをやっつけるようなことをしたり、不安や憎悪を駆り立てたりすることはせず、今はわずかしかないかもしれない日本の希望の灯りを大きくしていくような報じ方を続けていくことが、一時的には刺激が減って退屈さなどを感じさせてしまって、もっと視聴者や読者離れを起こすとしても、生き残っていく、唯一かもしれない最大の道なんじゃないだろうか。過去の偉人と呼ばれる人たちは、暴力や差別をする人たちを批判はしても、相手を中傷するような反撃はしなかった。だから、立派なだけでなく、その姿勢にこそ多くの人たちから信頼されて、うまくいく結果となったんだろう。そうなれるように、ブレずに進むべきだよ。

 ……。

 とはいってもな。余命幾ばくもないと宣告されたドラマの主人公のような立場にでもなったならともかく、どのタイミングでこんな生真面目な思いを口にすればいいんだろう? 思うだけならたくさんの人が近いことを考えているかもしれないし。

 だったら、いっそ、今話してみようかな。宇藤さんに。

 このタイミング的にも、言ったところでまったく意味はないかもしれないし、青臭いことを抜かすんじゃないと、さすがの宇藤さんも腹を立てて、叱られる羽目になっちゃうかもしれない。だけど。

 ……うん。ちょっと勇気を奮って。かなり思いがたまって外に出したくもなってるし、とにかく今言いたい気分だ。

 そうだ。思っていること全部は無理そうだと途中で感じても、せめて、出口調査の発表はやめにして、開票し終わったところから普通に結果を伝えるようにするほうがいいんじゃないかという点だけは絶対に伝えることにしよう。

 よし。

「あの!」

「ん?」

 わっ。ちょっと勢いよく声をかけてしまったせいだろう、宇藤さんが素早くこっちを見て、その視線が鋭い。

「ええと、その……」

 やだ。すごく緊張してきちゃった。

「何だよ?」

 なに、躊躇してんだ。こんなチャンスはそうないかもしれないし、別にどうってことはないから、言えよ私。

「あの、やめた……」

「ああ?」

「やめたいんです」

「え? やめたいって、会社をか?」

「はい」

 あれ?

「マジでか?」

「え? いや、その、はい。えっと……」

「わかった。辞表の出し方とかどんなふうにやればいいかわからないから、相談に乗ってほしいってことだろ?」

「え……はあ」

「どうした? 辞めるって言ったら、もっと驚くと思って拍子抜けしたか? きっと引きとめられちゃうだろうとでも思ったんだろ? 安心しろ。青春ドラマじゃあるまいし、そういう扱いはしてなかったけど、お前だって一人前の大人だ。よく考えて決めたんだろうし、余計な口出しはしねえよ。だいたい、この業界、すぐに辞める奴は多いからな。特に最近はほんとあっという間だ。お前でも持ったほうだよ。まあ、頑張ったんじゃないか。とにかく、住井さんにうまいこと言えるようにレクチャーやお膳立てしてやるから、心配しなくていいぞ」

 ……。

「ところで、もう次の仕事や職場は決めてあんのか?」

「あ……いえ、まだ……」

「そうか。決めてから辞めたほうがいいと思うが、それもいらぬお世話だよな。とりあえず少し休みたいかもしれないし、俺がお前の立場だったら、あーだこーだと絶対に言われたかないしさ。まあ、どうにかなるだろうし、頑張れよ」

「……あ、ありがとうございます」

 って、おい! 何言ってんだ、私!

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