輝美(四十六歳)①

 選挙は毎回必ず行く。

 といっても、強く支持する政党や個人はいないし、選挙に行くべきだという信念やこだわりのようなものがあるわけでもない。

 みんな、普通に行くと思っていた。よく考えれば、投票率が低いだの、また下がっただのと、散々報道している。なのに、周囲の人たちも自分と同じように、よほどの事情や用事でもない限り足を運んでいるとなぜか思い込んでいた。だから勤めている会社の同僚たちとの会話のなかで欠かさず行っていることを驚かれたときは、こっちもその人たちがほとんど行っていないことに、そして驚かれたことに、驚いた。

 私は幼い頃から、変わっていると割と言われてきた。選挙でいえば、今回も当てはまるけれど、「なんで総理大臣の都合で自由に衆議院を解散するなんてことができるの? 好きなタイミングで解散できたら、与党のほうが絶対に有利でずるいじゃん。たしか憲法には内閣が天皇陛下に解散について助言できるようなことが書いてあるだけで、それは本当にやらなきゃやばいときのためのものじゃないの?」といったことを、多分高校生のときに同じクラスの何人かのコたちに言ったら、「そんなの知らないし」とか「よくそんな憲法の内容を知ってるね。しかも、そんな真面目なこと考えてるなんて、やっぱり変わってるよね」などと返された覚えがある。しかし、まさか選挙に毎回行ってるだけで変わり者になってしまうとは思いもしなかった。

 でも、少数派に入ってしまうことが多い私から言わせてもらえば、みんなのほうが世間の常識とか当たり前といったものが好き過ぎじゃないかと思うんだけど。自分が望むことやものが常識であってほしいというのはわからなくないが、気に入らないことやものまで、それも場合によっては倫理的にどうなのかと思うようなことやものまで、常識だってなると簡単に受け入れるんだから。同調圧力という言葉もよく聞くけれど、進んで横並びでいようとする意識が強過ぎるよ、日本人は。

 若い頃はそんな周りに反発して、我を通したりもしたな。そのせいで仲間外れにされたこともあったし……やだ、涙が。

 当時は全然思わなかったけど、けっこうつらかったんだな、私。大人になってから、嫌なことをされた記憶がふと蘇ったりする。そして最近は、思いだすと泣けてくることも多い。歳もあるかな。

 あー、いけない。こんなところで泣いてると、選挙の仕事をしている人に不審がられたりしちゃうかもしれない。

 あ、そうか。こうして投票所に来ると、当たり前だけど投票する人ばかりだから、みんな選挙に行っている感覚になるんだな。うちは夫も親も大抵行くからというのもあるだろうけれど、それ以上に。

 ここA市は、「地味でダサい」とか「影が薄い」などと近隣の市の人から馬鹿にされたり、住民自ら自虐的に、あるいはまちを活性化する気があるように思えない行政に対する不満で、悪く言うことも多いが、騒がしくないぶん特に高齢者は住みやすいだろうし、都心へそんなにかからずに行ける距離で便利だし、人口は少なくはない。だからだろう、割合的に投票する人は少数だとしても、投票所がガラガラで誰もいないような場面に遭遇したことは今まで一度もない。

 ともかく、投票を済ませた私は、投票所であるA小学校の体育館を出た。

 三兄弟の真ん中の息子が通っているときに建て直されて綺麗になったこの体育館。異様なほど立派になり、古いままで素朴な造りの校舎と一緒に見るとアンバランスだ。耐震性は十分だろうし、災害時に避難所として使うから、とりわけ頑丈にした結果の豪華さという面もあるのだろう。それこそ心配されている首都圏直下の巨大地震でも起これば、ここで避難生活となるのかな。とりあえずは安心できるけど、避難生活は実際にすることになってしまった人たちの様子をわずかなニュース映像で目にするだけでも大変そうで、自分は勘弁してもらいたい。今日、九州のほうがひどい天候らしいし、地震以外で避難する可能性もあるが、やっぱり地震が一番嫌だ。ここらへんは二十三区のほうより地盤が強いみたいだけれど、大きい地震が真下で起こったりしたら、それなりの被害は出るだろう。あー、怖い怖い。

 そうだ。そうした災害時の非常食、一応あるけど古くなってきてるのもあるし、もっとちゃんと用意しておこうと思ったんだった。

 それはスーパーのチラシにお買い得なのが載っていたからで、たしか安いの今日までだったよな。時間があったら行って購入しようと思っていたが、ここからだとそのスーパーは家に帰るのがだいぶ遠回りになるから面倒だ。どうしよう。

 うーん……。

 しょうがない、行くか。せっかく外に出たんだし、帰る前に最終日のお買い得情報を思いだしたんだし、先延ばしにすると性格的にずっと買わないままになっちゃう可能性が大だもんな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る