悦司(二十八歳)④

「……あ?」

「妹さんの」

 マジでか? こいつ……。

「お前、そんなこと覚えてくれてたのかよ」

 俺の妹は、学校の勉強を真面目にやるどころか、新聞やテレビのニュースなんかも真剣に見る奴で、俺は少なからずその影響を受けた。あいつは将来の夢や目標を訊かれるといつも「考え中」と答えていたが、一度だけ俺に冗談っぽく「国連で働きたい」と口にした。大それた望みだから言いたがらないんだろうと思っていたけれど、どうも国連でさえ完璧ではないからそこを目指すのがいいのか決めかねているようだとあるとき気づいた。世の中のさまざまな問題を憂えていたし、我が妹ながらいずれ大物になるんじゃないかと予感させられていた。

 なのに、交通事故であっけなく死んじまった。

 たしか玄田には一回だけ、しかもそんなに感極まったりせず、事故で死んだ妹がいると話したはずだが、まさかあいつの命日を覚えていたなんて。

「ほんとお前はいい奴だよ。自分が今つらいだろうにさ」

 あー、こいつの前で泣くなんて恥ずかしいのに、涙が止まんねえ。

「おいおい、鼻水が垂れてるぞ。いや、いいよ。構うことねーから、今日は思う存分泣けよ。お前だって昔からけっこう人に気を遣って、嫌なことがあっても暗い顔を見せたりしなかったもんな。って、褒め合うなんて気持ちわりーよな。とにかく、今日はいいから、飲め飲め」

「ああ。悪い」

 ……ん? 

「おい、あんまり偉そうに言うなよ。俺のカネだぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る