悦司(二十八歳)③
俺たちは中華街へ行くことにし、俺は構わないからと告げて高級そうな店に入った。玄田の奥さんは彼女の友人と食事をするらしく、一緒には来なかった。実際は外食したり夫の友達に会ったりする気分じゃなかったのかもしれないし、本当でも、久々の俺たち二人水入らずでと気を遣ってくれての行動かもしれない。
自分は元気だなどと口にすることはないけれど、思った通り玄田は俺にそう見せるためであろう、違和感があるくらい陽気だ。
「お前って、たまによくわかんない冗談言うからなー。面白くねーし、本当か嘘か微妙な内容だしさ。マジで選挙に行くとこだったのかよ?」
他の話を少ししてから、玄田が言った。
「え? まあ、どっちでもよかったんだ。暇だったから投票所の辺りを散歩して、その気になったら入って投票するかって感じで」
「あれって、券みたいのあるだろ?」
「ん?」
「郵送されてくるじゃんか。家族の選挙権のある奴ぶん入ってて、あなたの投票する場所はここですとか書かれててさ。受付で渡すのか? 俺、選挙行ったことねーから、全然わかんねーけど」
「ああ、そうだよ。受付に渡してチェックされて、それと交換で投票用紙を受け取るんだ」
「それを、さっき持っていってたのかよ?」
「そりゃあな」
「なら、ほとんど行く気だったんじゃねーの? 投票すりゃよかったのに。電話で邪魔して悪かったか?」
「だから、別にいいんだって。誰に票入れたって、たいして変わりゃしねえんだから。そんで、実は、さっき電話で言った出口調査の女を見て、投票すれば会話できるなと思って、その紙を取りに帰ったんだ」
「マジかよ。だったらなおさら、なんで投票しなかったんだよ? 電話したとき言えばよかったのに」
「いや、近づいて顔をよく見たら、すげえブサイクだったんだ。そんで投票する気が失せたってわけ」
「えー。マジか」
「いや、嘘。冗談だよ」
「ブッ。ふざけんなよ。だから、本当か嘘かわかりづれー、面白くもねー冗談言うなって、注意してんだろ」
「でも、よく見たらそんなに美人じゃなかったのはマジなんだ」
「ええ? じゃあ結局、どんな顔だったんだよ?」
「んー、どう言やいいんだ? 思いのほか地味で……覇気のないヤギみたいな」
「何だ、それ。よくわかんねー。だけど、今のはけっこう面白かったんじゃねーか? アハハハハハハハ」
「ウケ過ぎだろ。お前、もう酔ってんじゃねえか? 顔、赤いし。早えよ」
「いや、そんなに酔ってねーよ。楽しいだけだよ。それはそうと、ほんとの本当におごってくれるのか?」
「ああ」
「珍しいじゃん。こんないくつも高いやつ注文するしさ。『カネはない』が口癖みたいな感じだったのに、そんなに勤めてるとこ給料いいのか?」
「普通だよ。お前と久しぶりに会うんで、そういう気分になっただけ」
「そんなこと言って、宝くじが当たったりしたんじゃねーの?」
「いや、宝くじなんて買わねえし」
「そっか、そうだよな。その買うカネがもったいないって小せーこと言う奴だもんな、お前は。変わってねーな」
「うるせえよ」
「でも、お前、大学の頃、本気でそんなにカネに困ってたわけじゃないんだろ? たしか奨学金もらってなかったよな? なんでか覚えてるけど。何なの? そのカネに対するスタンスは。性格? しつけ?」
「お前によく言われたけど、そんな格別ケチじゃねえぞ。貯金してたんだよ。普通だろ」
「貯金ねえ。やっぱり性格なんだろうな、そういう奴は。いくら親に無駄遣いするなって育てられても、浪費する奴はするだろうからな。それとも、何か欲しいもんでもあったのか?」
「……いや」
「何だよ? 今の間は。あったっぽいな。それで、今日こんなにカネを使うところを見ると、もう買ったってことじゃねーのか? 何なんだよ? 気になるから言えよ」
「買うようなものじゃなくて……。でも、やめにしたんだ。なんか急に面倒くさくなってさ」
「はあ? 買うようなもんじゃないって何だよ。訳わかんねーな。そうか、結婚資金だろ? まだ諦めんなって、望みはあるから」
「ちげえよ! 俺、まだ三十前だぞ。全然諦めてねえし。供託金用のカネだよ」
「きょうたくきん? 何だ、そりゃ?」
あ。
「……選挙のとき、候補者が用意しなきゃいけないカネだよ。思い出作りや売名目的なんかで立候補する奴がたくさん出たら、大変だし迷惑だろ? だから、ちゃんと本気の人間だけ立候補するように、一定の票数を得られなかったら没収されるんだ。そんで、一定の票に達すれば返してもらえるってわけ」
「……は? てことは、お前、議員に立候補するつもりだったってことかよ?」
「まあ、いつのどの選挙って決めてたわけじゃないけど。……って、嘘。冗談だよ、冗談。んなわきゃねえだろ」
「ああ? またかよ。今、注意したばっかなのに。いいかげん本当に訳のわからない冗談言うなっつーの」
「ハハハハハ。悪い。俺は、普段酒飲まねえから、もう酔ってきちゃったんだよ」
「それよかさ、明後日だろ?」
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