悦司(二十八歳)①
「ぜってー嘘だろ」
「そう思うよな。でも、マジで選挙に行ってたみたいだぜ」
「へー、選挙なんて行く奴いるんだ。俺は、カネをやるって言われても、面倒くさくて行かねーけどな」
「嘘つけよ」
「マジだって。ま、さすがに百万円以上なら考えるけどよ」
住んでいるマンションの一階の部屋で、外から若いであろう男たちが歩きながらそう話す声が聞こえてきた。
やけにでかいしゃべり声だったが、まあ、わかるよその気持ち。俺も最近は選挙に行ってない。っていっても、俺だってまだ若いし、選挙権を得てからそんな何回も投票する機会があったわけじゃないんで、直近の二、三回くらいだけど。
ほんと、選挙なんてよく行くよな。投票したって、入れた奴が当選したって、自分の意思なんかその後まったく反映されないのに、どういうつもりなんだか。おおかた親や教師に行けと言われたから行くような、良くも悪くも従順で真面目な連中なんだろう。
しかし、あれほど国民を投票にいく気にさせない政治家たちも、どういったつもりなのやら。それが当選に都合がいいならまだしも、どいつもこいつも。不思議でしょうがない。「皆さんのために一生懸命働きます」とか「何々に全力で取り組みます」じゃなくてさ。具体的にその取り組む問題をどう解決するかだろう? こうすることによって、こうなって、こう良くなるという、ビジョンやプランを示すべきだし、それがあるから立候補したんじゃねえのかよ。一生懸命やるのなんて当たり前なんだから。ドラマで熱血タイプがよく主役になる教師にも言えるけど、情熱がないよりはあるほうがいいだろうが、それが最大で唯一くらいに必要なものだって感じがおかしいんだよな。
ビジョンやプランが全然見えないから、親が議員で、後を継ぎさえすれば当選できる見込みが大きくて、軽く就職するような気持ちなんじゃないかとか、権力の座に就きたいだけじゃないのか、みたいに思われるんだよ。
そして実際それに近い人間もけっこういるんだろう。だからこそ、平気で約束を破ることも珍しくないいいかげんな公約を語って、とにかく議員に、とにかく所属政党を与党に、とにかく大臣などの要職に就きたがり、政権を獲れる見込みがなかったり、獲る気がない政党の候補者や議員は、たくさんの票は期待できないものの一部の有権者には確実に支持してもらえそうな、政権や与党に対するきつい批判ばかりや、できたらいいに決まっているけど実現性のまるでない公約を掲げたりするんだろう。
ちゃんとした政治家もいるんだろうが、いざとなると、党の指示に逆らえないのか、己の出世や対立する政党への勝利に目がくらむのか、姑息なやり方や派手なパフォーマンスに加わったりして、結局は全員揃って国民に信用されなくなる。別に国民はその場その場の難局をいかに印象を悪くすることなく乗りきれるかという政治家たちの曲芸を見たいわけじゃないんだから。
そうして福祉や社会保障といった地味だけど多くの人がなんとかしてほしいと望んでいる分野の改革はたいして行われず、また必要性を感じられずに選挙に行く人が減っていく、と。何をやってんだか。
でも、人間ていうのは所詮そんなものなのかもな。政治家たちが駄目なように見えて、実は誰がやったって同じ感じになってしまうのかもしれない。例えば、政治家を痛烈に批判する著名人のなかに、後に自ら議員や政府に関わる立場になる人がいるが、国民の思いに応えたと言えるような仕事をしたところなんて見たことも聞いたこともない。
本当に誠実に働いているだけじゃ注目や評価をしてもらえず、一向に重要な仕事はできない環境なのかもしれないしな。
よくマスコミは、昔も悪い部分はたくさんあったなどと断りつつも、過去の政治家のほうが立派だったと語りがちだけれど、また何十年とか後には、今はけなしてばかりの政治家を、昔のほうが良かったなどと褒めていそうだし、外国の政治家も良いようによく言うが、日本の政治家とは比べものにならないほどひどいのもいっぱいいるだろう。他の国同士の外交のニュースを見ても、しょうもないキツネとタヌキの化かし合いみたいなことをしょっちゅうやってるしさ。
そもそも政治というのは意見の対立が生じるものをどう処理するか、どう妥協点を導きだすかというものだから、政治家が喝采を浴びる状態になったらなったで、かなり怪しくもある。多くの人間の支持を得るために少数の弱者にしわ寄せをしているだけとかな。
それに国民も、政治家がすごく自分の助けになる政策を行っても、いっとき喜ぶことは
あっても、心から感謝したり、それによってずっと支持するようなことは、まあないからな。だから実際よりも評価が低過ぎるときだってあるだろうし、政治家が本当に国民のためになることをやり続ける気を削いでいる面もなきにしもあらずだろう。
それから、国会議員、なかでも総理大臣なんて、どう考えても仕事の量が多過ぎだろう。一般人だって、例えば食品に関して何かトラブルが起きれば、メディアは「与えられた情報を鵜吞みにせず、消費者が自ら正しい知識を得て、賢く買い物をしなければならない」と言い、住宅や医療なんかの問題の場合も同様に、「売る側や専門家任せにならずに、しっかり調べて主体的に選択することが、こうした被害に遭わないために必須」などと口にするが、そんなにあれもこれもうまくやれるか? 項目があり過ぎるんだよな。他にも、戦争についてとか、今直接関係や影響がないことも含めて、知っておくべき項目、考えなきゃいけない項目の数がさ。それに、いくら調べたところで、難しくて理解できなかったり、できても、どうするか決めるのに相当時間を要するものも多いだろう。世の中そんなに賢い奴ばっかじゃないんだし、みんな仕事とかやってて、普通に暮らすだけだってけっこう忙しいんだぜ。メディアはよく「無関心は悪」という言葉も使うけどさ。自分たちだって言う通りできてんのかよ。
そんで総理大臣ともなれば、そのさらに何倍もの、世の中のありとあらゆることすべてに最適な判断を下さなきゃいけないみたいになっている。最適な判断以前に、そんなにたくさんの事柄を適切に理解するのだって、時間的にだけで無理があるだろう。
まあ、だからこそ必要という面もある地方分権に消極的な国会議員が多いから、自業自得と言えばそれもあるんだろうけれど、何か一つ対応がまずかったから辞任せよとなるなら、誰がやったって無理だよと同情する気にならないでもない。
それでも、あるんだけどな、一個いい方法が。今も部分的にはやっているんだろうが、どの問題についても、とにかく当事者たちに話し合って決めてもらうようにすればいいんだよ。
例えば、介護に関してさまざまな問題が報道されるけれども、介護士、介護施設の経営者、医療関係者、介護される当人、その家族、介護の分野の研究をしている学者、立場は問わずに問題になっているポイントを解決するアイデアがある人を募り、話を聞いて役に立ちそうな人、そして政治と行政の人間を加えて、どうするかを徹底的に話し合ってもらう。
だいたいの場合、政治と行政の人間だけで決めるから、どうしたって批判されるんだし、労使のような対立しがちな二者じゃなく、幅広く関係する人を集めて、どこかに過度な負担がかかってうまくいかない結論にならないよう気をつけて、本気で成功が期待できる方法を提出するようにしてもらう。そうして決定に至っても、また改善すべき点や新しい問題が出てくるだろうから、基本ずっと話し合うテーブルは設けておくようにする。
簡単なことだ。子どもに対しては偉そうに言う割に、ほんと大人っていうのは違う立場や考えの者同士批判し合うだけで、対話ってものをしないからな。
そうすりゃ、意見のすり合わせに苦労している自分たち政治家のつらさがわかってもらえる面もあるだろうし、本人たちで決めた以上、それをちゃんと実行しようと強く思い、なおのことうまくいく確率は高くなるはずだ。メディアが丸投げじゃないかとケチをつけるかもしれないが、こんな民主的なやり方をなぜ悪く言うのかと返せば、そっちのほうが説得力はあるだろう。
あるいは、丸投げということじゃなく決まった中身に対して、厳しく異を唱えるジャーナリストや知識人なんかがいるかもしれないけれど、「じゃあ、どうぞ直接おっしゃってください」と、そいつを話し合いのメンバーに加えればいい。不満や批判を口にする人間が現れるたびに常にそういう対応をとれば、無責任な発言はできなくなるから中傷される量を少なく保てるし、支持率の大幅な低下も起こりようがないから、半永久的に政権の座にいられるはずだ。理屈のうえでは。
ただ、現実の政治家は、そうやって当事者たちが出した結論を良しとしない可能性もけっこうあるんだよな。予算とか、都合の悪いところがあるから無理ってだけじゃなくて、変に思想や自分なりの理想なんかを持ってんだよ。そこが厄介だ。「いいじゃねえか、一番欲しいのは権力の座なんだろ。それがずっと手に入るんだから」って言ってやりたくなる。でもまあ、思想や理想がまったくないのも、それはそれで困ることになるかもしれないか。
一方で、当事者のほうもな。一般人はデモとかで意思を示すのも悪くないと思うが、専門家などの賢い人間は、自分たちで現実的な解決案を考えて、「この通りにやれ」って訴えればいいのにな。
それは本来野党がする仕事とはいえ、待ってても無駄そうだってわかってんなら、自分たちが作った案を世間に大々的にアピールして支持を取りつけ、どこかの政党の公約に丸々採用させるくらい、積極的にやりゃあいいのに。野党を批判ばかりと文句言ってる知識人が、同じように政府や与党を批判するばっかりだったりするんだからな。
「ハー」
暇だな。
部屋にいても考え事ばかりしちゃって頭が疲れるだけだし、ちょっと外に出るか。
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