第2話 鈴鹿綾瀬の碧

あおい扉の夢を見た。その扉を開けると、ひたすらに碧い街が広がっていた。街は綺麗なあおまり、幻想的げんそうてきで、この世のどこを探しても、これほど綺麗な街はないと思えるほどだった。だが、その街に住む人たちの表情はどこか暗かった。


とりわけ暗い表情をしていた、30代くらいの男になぜ浮かない顔をしているのかと、カイトは聞いた。


すると、その男は「俺がここに来る前、見知らぬ子供が川におぼれていて、その時は一心不乱いっしんふらんにその子を助けようと思ったんだ。


助けた時は心の底からうれしい気持ちでいっぱいになったんだ。でも、急に雨の勢いがして、川の流れがものすごく速くなったんだ。」と語った。


カイトは胸がめ付けられる思いをした。その男には、残してきた家族がおり、「妻と子供たちが幸せに生きていけるだろうか、見知らぬ子供を助けた自分のおこないは正しかったのか、この世界に来てからずっと考えている」と言う。


カイトはこの男の話をしずかに聞いてやることしか出来ず、とても苦しかった。そして、この世界がいかに美しく残酷ざんこくな世界なのかを理解した。


その男はわかぎわに「話を聞いてくれてありがとう、少し気持ちがやわらいだ気がするよ」と言った。カイトは自分の無力むりょくさに打ちのめされた。


その男と別れた後、暗い表情で街を歩いていると、ひときわあおい綺麗な庭があった。見たこともない庭だったが、何だか優しい匂いがした。


その庭には美しい装飾そうしょくのテーブルと椅子いすがあり、今まで見たどの碧よりも美しいドレスを着た鈴鹿綾瀬すずかあやせ微笑ほほえみながらこちらを見ていた。


そして、「久しぶりカイト、私のこと覚えてる?」と何度も耳にしたなつかしい声に胸が熱くなり、カイトの目から涙がこぼれ落ちた。


白鳥しらとりカイト「こんなところで何してんだよ」

鈴鹿綾瀬ずずかあやせ「ハハ、まあ色々いろいろ間違えて、こんなとこに来ちゃったんだ。見て、このドレスかわいいでしょ?」


あまりにもあっけらかんとしたセリフに、カイトは戸惑いながらも、このけた話し方が、正真正銘しょうしんしょうめい本物の綾瀬であることを、証明していた。


白鳥カイト「そのドレス、キツイんじゃないか。うでの肉がさけんでるぞ。」

鈴鹿綾瀬すずかあやせ「肉って言葉やめてよね、全国の女の子はみんな肉で悩んでいるんだから。」


カイトはこの懐かしいやり取りが、たまらなく嬉しかった。だが、対照的たいしょうてきに綾瀬の顔は浮かない表情だった。


鈴鹿綾瀬「カイトこの街の姿を見た?」

白鳥カイト「ああ、見て回ったよ。とても、悲しい世界だった。一体この世界は何なんだ。」

鈴鹿綾瀬「この世界はあおの世界。現実でやり残したことが、人々をこの世界にしばり付けているんだ。」

白鳥カイト「そうか、なら綾瀬お前に聞かないといけないことがある。」

鈴鹿綾瀬「うん。言わないとだね。」


少し重たい空気になった。風が吹き始め水面を波立なみだたせた。


鈴鹿綾瀬「単純に生きる意味が見出みいだせなかったんだ。」


予想外の言葉にカイトは頭が混乱した。


鈴鹿綾瀬「高校を卒業して会社に就職して同じことを死ぬまで繰り返すんじゃないかとか、そういう漠然ばくぜんとした恐怖じゃなくて、幼い頃から私の存在理由に意味を見出せなかったんだ。」


カイトは何も言えなかった、自分に好意を持ってくれているだとか、そういう話の次元を超えていた。だからこそ、最初にかける言葉はこれしかなかった。


白鳥カイト「俺のことはどう思ってたんだ?」

鈴鹿綾瀬「恋人として好きだったのかだよね。ごめん私は人を好きになるとか、幼い頃からそういう感情が抜け落ちてるんだ。好意こういは感じとれるんだけど、どれだけ頑張っても誰かを好きになるとかは無かったかな。」

白鳥カイト「そうか」


カイトは自分が綾瀬あやせいだいていた気持ちの半分くらいは好意を持ってくれているかなと思っていたが、あわい希望はくずれ去った。


鈴鹿綾瀬はあらゆる物事に対する興味を失っている虚無主義者きょむしゅぎしゃだった。だからこそカイトはこの人間を救いたいと思った。そして驚く提案をする。


白鳥カイト「なあ、綾瀬。俺今、気になってる子がいるんだ。」

鈴鹿綾瀬「へえー。」

白鳥カイト「毎晩ここに来てその子との話をいっぱいするよ。」

鈴鹿綾瀬「られたこと根に持ってるの?かわいいね。でも、私は何も感じないと思うよ。」

白鳥カイト「本当にそうかな。お前がこの世界から早く出たいって、最低な死に方をしましたごめんなさい、って謝るまで何度もその子との話を聞かせてやる。」

鈴鹿綾瀬「子供みたいなこと言っちゃって、やれるもんならやってみなよ。」


カイトは綾瀬のことをどこまでもおもっていた。だからこそ、本気で心が熱くなったり、苦しい思いをしたりそういう経験から逃げてきた綾瀬を許せなかった。そして、気付けなかった自分にも腹が立った。


何より自分が好きだった彼女がただ死ぬためだけに生まれてきた人間だったなんて死んでも認めたくなかった。綾瀬が生きていたあかしをこの世界に証明すると、心の底から思った。

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