第4話 運命を分かつ時
最終日は、近所の公園で迎えた。遊具がまるでない、小さな砂漠のような場所で。
『……短い人生だったな』
砂埃にまみれたベンチに座り、空を見上げる。視界に入ったのは、雲を泳ぐ一機の飛行機。
あれはどこに行くのだろう。眺めながら「行きたかった国があった」と呟き、その流れで家族旅行の思い出に浸り。そして――最後に我に返り、涙をこぼした。
「あなたはよく頑張りました。今まで何千と担当してきましたが、ここまで足掻いた人は初めてです」
無機質な声とともに、悪魔の手が肩に触れる。――本当に、趣味が悪い。
「……なら、申請取り消せよ」
「私の一存では致しかねます」
「ははっ。何をするにもいちいちお伺いか、天の遣いも大変だな」
「天界の遣いです」
「どうでもいい」と返す気力もなく、最後の晩餐を飲み干す。まさか自販機で買ったブドウジュースになるとは、夢にも思わなかった。
『……俺以外にもいたんだな』
ここに来る前にも、誰かを消してきたんだろうか。縁起でもないことを想像しながら、ひと呼吸置き、空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。
振り返ると、彼女は鎌を手にしていた。——ほら、やっぱり死神じゃないか。
「聞きそびれたけど、俺が死んだらどうなるんだ? 家族とかに連絡は行くのか?」
「いいえ。あなたの存在は、初めから無かったことになりますから」
「……そうかよ」
それはかえって好都合だ。今まで散々晒してきた黒歴史も、彼女の記憶も無くなるのだから。口を閉じていると、鎌の切っ先が首筋に当たる。
「お時間となりました」
「一発で決めてくれよ」
目蓋を閉じ、項垂れる。気持ちの整理がついたからか、痛みがないと知らされたからか。不思議と気分は穏やかだった。けれど――
『……一度でいいから、会ってみたかったな』
未練を掻き消すように鎌が振り上がった瞬間。遠くから、砂を蹴る音が聞こえた。
「——待って! その人を殺さないで!」
首の付け根を掠め、静止した鎌。代わりに降ってきたのは、持ち主の溜め息だった。
「……。どちらさまでしょう」
「わ、わたし、は——」
どこか怯えを纏う声に、顔を上げる。夕陽が差し込んでよく見えない、が——なびく長髪に、自然に頬が緩んだ。このタイミングで入れる人は、一人しかいない。
「その人の——さっくんの、彼女です!」
「ほう……」
天界の遣いは鎌を下げ、駆け寄ってきたユイの顔をまじまじと見る。一方で俺は、ただ彼女に抱きしめられていた。両腕は空いていたが、正解が分からなかったからだ。
睨むユイ、見下ろす天界の遣い。二人の膠着状態は永遠に続くと思われたが、やがて天界の遣いは、小さく頷く。
「……確かに、縁が生まれているようです。目撃者とはいえ、始末はできませんね」
他人判定なら殺していたのだろうか。冷や汗が頬を伝うが、今更後には引けない。立ち上がり、天界の遣いと向き合う。
「けど、10人いなきゃ駄目なんだろ? ……数分だけでいい。最後に、彼女と話をさせてくれないか?」
「いいえ、容認致しかねます」
「はあ!? たった数分だけって言ってるだろ! お前らにとって誤差みたいなもんだろうが!」
彼女は首を横に振り、鎌を手放す。
「最後まで話を聞いてください。——あなたの申請書は取り下げられました」
「へ……」
「そのため、彼女との会話に時間制限をもうける権限は、今の私にはありません」
――“縁”は、友人の数ではなかったのか。だとしたら、何が答えだったんだ?
何にせよ助かった。安堵に息を吐くと、天界の遣いはふわりと宙に浮く。すると同時に、キャリーケースから通達書が飛び出した。
「では、私はこれで失礼します」
「待て! まだ話は——うおっ!?」
手を伸ばすも拒絶するように砂埃が舞い、咄嗟に目をつむる。
「ユイ、大丈夫か!?」
「ん……どうにか――げほっ」
目を開けるが、天界の遣いはとっくに消えており。代わりにユイが、涙を浮かべ「良かった」と微笑んでいた。
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