第3話 迫りくる鎌

 自暴自棄の生活を続けること、はや四日。いよいよ焦りが背後に立ち、「どうするんだ」と首に鎌をかけてくる。


「そんなの俺が知りてえよ……」


 あと三日で、俺は死ぬのか。――本当に?


 俺は――夢を叶えられないまま。何者にもなれないまま、ひっそりと消えるのか。そんなの……ただただ誰かの踏み台になるために、生まれてきたみたいじゃないか。


「くそっ!」


 キャリーケースを蹴飛ばすも、怒りはおさまらない。むしろ己の情けなさに、一層頭に血が上った。――時間がない。


 サイレントモードにしたはずなのに、会社からの着信音は絶えない。誰もいないはずなのに、俺を責め立てる声が聞こえる。――俺はまだ、死にたくない。


「どうすればいいんだ……!」


 ……だが、現状回避する手段が見つからない。何故あの悪魔は、あれから姿を見せないのか。こうやって、苦しむ人間を遠巻きに観察するのが好きで仕方ないのだろうか。


 ◇◇◇


 苦し紛れに思いついたのは、各SNSにアカウントを作り、相互になってくれそうな人を片っ端からフォローすることだった。手順は簡単。プロフィールに年齢や趣味などを書き連ね、少しでもを増やすだけ。


 ――晴れて、胡散臭いアカウント達の完成である。とはいえ我ながら妙案だと感心したのだが、肝心の死の宣告は、フォロワーが100人超えても消えなかった。


「はあ……」



 ホテルの眺望と向き合い、ひと息つく。一日かけて色々試したが、結局どれも不発に終わった。まさか歩道に立ち、すれ違う人間に「縁、繋ぎませんか」と手をとるわけにもいかない。


「そんなことしたらどのみち人生詰むしな……」


 味が分からないコーヒーを飲み、頭を抱える。誰も〝天界の遣い〟について呟いてないのは、がいないからかもしれないなと、力なく目蓋を閉じた。


 ◇◇◇


 翌日も、せっかくのを棒に振り、部屋に篭って解決策を考える。しかし何も浮かばないまま、無情にも朝日は昇った。


「……もう、いいや」


 受け入れよう。昨日まで抜け道を模索していた頭にはもう、希望は残っていない。……残っているのは、身内に別れの挨拶を告げることくらいだった。



 パウチゼリーを空けた昼前。俺はいよいよスマートフォンに手を伸ばし、連絡先一覧を開く。いの一番にタップしたのは、実家の電話番号だ。


 何コールか鳴った後、母親が「もしもし」と応える。こちらも短く返事をすると、不思議そうな声が返ってきた。


「どうしたん? 電話くれるなんて珍しい」

「いや、特には。ただ、調子はどうかなって」

「んー、まあまあかな。血圧の薬も効いてるし、なんとかやってるよ」

「そっか、だったら良いんだ」

さくはどう? 元気にやってる?」


 一瞬言葉を詰まらせながらも「平気」と答えると、少しの間母親も口を閉ざした。しかし程なくして、「あっ」と声を上げる。


「そうそう、近所の人から梨のお裾分け貰ったんだけど。今度の週末、食べに来ない?」

「……ごめん。ちょっとその日、予定があって」


 「だから行けない」と言うと、母親は「じゃあ送るから、必ず受け取ってね」と、念を押してきた。


 ◇◇◇


 最後に俺は、元々持っていたSNSのアカウントで彼女に連絡をとることにした。ここでいう彼女とは三人称ではなく、純粋に恋人の意味である。


『確か、今は昼休みのはず』


 果たしてコンタクトは取れるだろうか。軽くメッセージを送ると、彼女はすぐに返信をくれた。


「久しぶり。元気にしてた?」

「ぼちぼち」

「ぼちぼちってw ……何かあった?」


 「実は」と打ちかけ、手を止める。「俺、悪魔に殺されて死ぬんだ」なんて、話したところで信じてもらえるわけがない。


『……けど』


 どうせ死ぬなら、嘘偽りなく終わりたい。


「……言おう」


 大きく息を吸い、覚悟を込めて吐く。数日前に突然、“天界の遣い”とかいう女に死の宣告を受けたこと。取り消される条件は知っているが、回避が難しいことを。


 そして最後に「いきなり変なこと話してごめん」と書くと、ユイは「話してくれてありがとう」と言ってくれた。まさか、引かないとは思わなかった。


 ……一体ユイは、どこまで受け入れてくれるのだろう。ふと、我儘が口をついて出る。


「……だからさ。一つ、頼みがあるんだけど」

「頼み?」

「最期に、ユイに会ってみたい」


 言った。いや、正しくは送ったのだが。いずれにせよ、温めていた思いの丈はぶつけられた。


『――頼む』


 心臓が早鐘を打つ最中、返信欄を見つめ続けること一分。まるで物陰から様子を窺うように、おもむろに言葉が表示された。


「……私、さっくんが思ってるより可愛くないかもしれないよ?」

「別に顔で選んだわけじゃないし(笑) それにユイだって、俺の顔知らないだろ?」

「そうだねw じゃあ、予定合うか見てくるね」


 思いの外前向きな反応に安堵しつつ、昼休みの終わりにスマートフォンを伏せる。彼女から連絡が来るのは、何時間後だろう。


「まあ、寝る前には返してくれるか」



 ――しかし。待てど暮らせど、返事が返ってくることはなかった。

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