E氏の証言

このたびはご足労ありがとうございます。


いえいえ。こちらも煮詰まっていたところですので、お目にかかれて嬉しいですよ。それに郷土史研究家というと大袈裟ですが、要するに趣味で調べているだけのアマチュアですから。わたしなんかがお力添えできるかどうか。


ええ。●●寺と呼ばれている物件についてはわたしも調べたことがありますが、例の洋館が建てられたのは昭和40年代で間違いないようです。


いえ、個人所有の別荘ではなく、当初からとある宗教団体の信者たちがそこで共同生活を送っていたそうです。●●神社についてはご存知ですか?


●●神社の由来はかなり古くまで遡れるのですが、明治の中頃に祭神が入れ替わっておりまして、●●寺の施主である〈縷々の家〉の前身団体によって乗っ取られたのではないかと囁かれているんですよ。


失踪した宮司の一家も代々〈縷々の家〉を熱心に信奉していたという話もありますし、あながち的外れではないような気がしますね。まあこれはあくまで噂ですが。


いやあ知らなくて当然ですよ。〈縷々の家〉は××を中心とした太平洋沿岸でしか信仰されていない、きわめて排他的な宗教団体ですから。


あの、失礼ですがご出身は?


ああ。それならご存知でもよいはずですが、今となっては××でも知らない人の方が多いくらいですし、不思議ではありませんね。


××は昔から漁業が盛んな地域なので●●神社でも綿津見三神を祭神としていましたが、先ほど申し上げたように途中で祭神が入れ替わっておりまして、〈縷々の家〉ではどうやら蛸を信仰しているようなんです。


それが名前はわかっていないんですよ。神社が取り壊されたときも名目上の祭神は綿津見三神ということになっていましたから。


ただ、●●神社の本殿に蛸の石像が祀られているのを見たという方に以前お話を伺いましたから、祭神が蛸であるのは確かなようです。


もし興味がおありでしたらご紹介しましょうか。連絡先は控えてありますから。


さらに調べたところ、祭神が入れ替わったとされる明治の中頃から昭和の半ばにかけて、××において蛸食を禁忌とする風習があったことがわかりました。この風習は今でも一部の住民の間で受け継がれていますから、間違いありません。


昭和の半ばというと●●神社が取り壊された時期とも符合しますし、信憑性はかなり高いと思いますよ。


ええ、〈縷々の家〉は十五年ほど前に解散していて、例の洋館はそれ以来廃墟ということになっていますね。


それはわたしもかなり怪しいと思っています。最後に見たのは五年ほど前ですが、廃墟になって十年も経っているとはとても思えない様子でしたから。


先ほど申し上げた、いまだに蛸食を禁忌としている一部の住民たちが今も〈縷々の家〉を信仰していたとしても、わたしはちっとも驚きませんね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る