第19回 玲奈と、境ノ森町の魔法使い ―ワクワクはドラゴンと不思議を添えて―
2023年 9月公開
第4会場5位 総合14位
(1位/9票 2位/10票 3位/11票)(いいね/21)
設定を変更し、題名変更なく連載、完結済
掲載サイト:アルファポリス
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『あらすじ』
町はずれの大きな森を見てワクワクしていた玲奈は、いきなりすごいワクワクに出会う。
なんと『夜空をホウキで飛ぶ男の子』と『小さなドラゴン』を見てしまったのだ。
その男の子は、玲奈と同じクラスの
玲奈が空を飛んでいた理由を尋ねると、翡翠は答える。
「俺は魔法使いなんだ。森から出てくる魔物を、ドラゴンのキューイと一緒に倒してる」
なぜか魔物が見えちゃう玲奈は、翡翠のお姉さん・
玲奈の住む“境ノ森町”は、今日もワクワクがいっぱいです!
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新しい家の庭へ出た玲奈は歓声をあげる。
頭の上には満天の星空が広がっていたのだ。
「すっごーい! これなら夏の大三角形も絶対に見つけられちゃうよ!」
ベガ、デネブ、アルタイル。
星の名前を呟いた玲奈は理科でもらった星座盤を掲げて、「むむむ」とうなった。
以前の街では星があんまり見えないから星座盤はぜんぜん役に立たなかったけど、今度は星が多すぎて探しきれない。
ちょっぴり曲がった星座盤は、しょんぼりの姿みたい。今にも「ごめんなさい」って声が聞こえてきそうで、玲奈は思わず「大丈夫!」と励ましてしまう。
「私があなたを使って、絶対に夏の大三角形を見つけてみせるから!」
だけど星もなかなか手ごわい。
玲奈は星座盤と空との間で何度も顔を往復させて、やっとでベガらしきものを見つけた。
ように思ったときだった。
星空を隠すようにして影が横切った。
影は二つ。大きいのと、小さいの。
そして信じられないことに、その姿は、どう見ても。
「……ホウキに乗った人間……と……ドラゴン……」
その声が届いたのか、ホウキに乗った人が玲奈の方を見る。見た目は十歳くらい、玲奈と変わらない年頃の男の子だ。
彼はつばを上げていたキャップを深く被りなおした。すると次の瞬間、男の子も、ドラゴンも、玲奈の視界から消えてしまった。
「あれ?」
玲奈はサンダル履きの足を二歩進める。だけどそこにはもう誰もいなくて、たくさんの星が輝いてるだけだった。
++
玲奈が、お父さん、お母さん、三つ年下の弟と一緒に、この“境ノ森町”へ引っ越してきたのはつい先日のことだ。
境ノ森町は以前の街に比べたら本当に田舎で、いろんなものが無い。
だけど名前の通り、この町の境には森がある。
そこだけぽっかり別の世界になったみたいな大きい森で、初めてこの森を見たとき玲奈はとってもワクワクした。
だからきっと、新しい生活にはワクワクがあるはず。
そう思っていたら本当にワクワクすることがあった。
ホウキに乗った男の子とドラゴンだ。もう、ワクワク以外の何物でもない。
あの子が同じ小学校にいるかもって考えると、玲奈は夏休みの終わりが待ち遠しくて仕方なかった。
転校初日は始業式の日だ。
玲奈が選んだ服は青いカットソーとベージュのロングパンツ。
耳下ショートの髪をスタイリング剤で整えて、登校準備は完成だ。
「なあ、早くー」
弟の悠真が玄関から呼ぶ。最近は生意気にも姉離れが進んでいるけど、さすがに今日は姉弟二人で登校だ。
学校まで十五分ほど歩き、校門で悠真と別れた玲奈は、担任のお姉さん先生と一緒に五年生の教室へ向かう。
「みんな、転校生が来ましたよ」
扉を開けた先生の言葉を合図にして、教室の中から拍手が起きた。照れ笑いを浮かべながら玲奈が中へ入ると、先生が黒板に大きく『峯岐 玲奈』と名前を書いた。
「峯岐さん、まずは自己紹介をお願いできる?」
「はい! はじめまして、みなさん。私は――」
そして、玲奈はクラスの端に発見してしまった。
釣り気味の目で黒板を見つめている少年を。
「ホウキ!」
思わず叫んだ玲奈の視線の先をクラスのみんなが追う。
一斉に注目を集めた男の子はびっくりしたように周りを見回したあと、玲奈へ顔を戻してぎゅっと眉を寄せた。
「ホウキはお前だろ」
え、と言って玲奈は黒板を振り返る。書いてある自分の苗字をまじまじと見て、うなずいた。
「そっか。私の苗字って音読みでホウキになるんだ。よく読めたね」
誰かが吹き出した。
それがキッカケになったみたいで、クラス中に笑いが起きる。
「こ、こら。みんな、笑わないの! 静かに! 静かに―!」
先生は必死に言うけど、一度スイッチが入ったみんなの笑い声は止まらない。
「あのー、先生」
「静かにしなさーい! ……あ、な、なにかしら、峯岐さん」
「さっきのあの子、なんていう名前ですか?」
「あの子? ええと、宝城 翡翠くんのこと?」
「宝城くん……」
先生に字を教えてもらった玲奈は思わず言ってしまう。
「自分も、ホウキじゃん」
玲奈の言葉は少し静かになった教室に良く響いた。翡翠が「うっ」と詰まったのも。
そうして教室は再び笑いの渦に包まれた。
++
結局、玲奈は転校初日に「ホウキちゃん」というあだ名をいただくことになった。
先生は困った様子だったけど、おかげでみんなが話しかけてくれたし、あだ名だって意地悪で呼んでるわけじゃないのが分かったから玲奈は平気だ。
今日の学校はお昼前に終わった。
玲奈は急いで翡翠の席を確認するけど、そこには誰もいない。カバンもない。どうやら翡翠はもう帰ってしまったみたいだ。
(ホウキに乗ってた理由を聞きたかったんだけどな)
がっかりしたけど、翡翠は同じクラスだ。話ができるチャンスは何度でもあるはず。
気を取り直して校門に向かうと、待ち合わせをしていた悠真は「友達と帰る」と言い出した。確かに何人かの男の子が一緒だ。
だけどお母さんからは一緒に帰るよう言われている。仕方なく玲奈は、悠真たちの後ろから歩いて帰ことにした。
道を進むたびに近づいてくるのは家と、森。
風に揺れる木はまるでオイデオイデをしてるみたい。
見ているうちに玲奈はなんだかたまらなくなって、玄関のドアを開けるなり叫んだ。
「お母さーん、学校に忘れ物した! ちょっと取ってくるね!」
ビックリした顔の悠真を中に入れて、玲奈はさっさとドアを閉める
森の中に入るのは駄目だと言われてる。でも、手前を見るだけなら。
日差しは暑いし、お昼前でちょっとお腹は空いてるけど、玲奈はまだまだ元気だ。帽子を被りなおすと、蝉の声を聞きながら歩き始める。
小川を渡って、畑や田んぼの横を通って。どんどん近づく森を見ながらハンカチで額をぬぐったとき、草の匂いの中に花の匂いが混ざった。どこからだろうと思いながら角を右へ曲がって、玲奈は思わず声を上げた。
突き当りにはとてもお洒落な空間があった。
辺りを囲む柵は透かしの入った黒い鉄製、開かれている門は鳶色の木製だ。
奥に向かって伸びる小道の周りにはたくさんの花が咲いていて、後ろの森でさえまるで装飾の一つみたいになっている。
「すごいすごい! こういうの、イングリッシュガーデンって言うんだっけ?」
奥には石造りの洋館があって、門には『Open』という小さな木製の看板が掛かっている。
ここは何かのお店だろうか。お金はないから見るだけになるけど構わないだろうか。
ドキドキしながら足を踏み入れて、玲奈は「あっ!」と声を上げた。
門のすぐそば。綺麗な白い花が咲いている中で、猫ほどの大きさの赤いドラゴンが丸まって寝ている。
まさか、と思いながら手を伸ばした時だった。
「おい」
後ろから声が聞こえて玲奈はびくっと体を震わせる。
寝ていたドラゴンもパチッと目を開けて大きくあくびをした。
「お前、ここで何してんだ?」
そこにいたのは翡翠だった。仁王立ちになって玲奈を睨みつけている。
ドラゴンが飛んできて翡翠の頭の上に乗った。「キュゥーイ」という高い鳴き声が可愛い。
「お庭が綺麗だから見ようと思ったの。そっちこそどうしたの?」
「家に帰って来ただけだよ」
「家? この素敵な場所ってホウキくんの家だったんだ」
「だからホウキはお前だって」
「自分もホウキだったじゃん」
話しながらも玲奈の目は翡翠の頭の上に釘付けだ。
「ねえ、そのドラゴンってホウキくんのペット?」
「……なに言ってんだ? ドラゴンなんてどこにもいないだろ」
「あーあ。いないなんて言うから、ドラゴンが悲しそうだよ」
「キュー……」
「わ、ごめん、キューイ! これは違うんだ!」
慌てて頭上のドラゴンを撫でたあと、翡翠は玲奈を見つめる。
「……なあ。お前、キューイが見えてるのか」
「見えてるよー。そっか、キューイっていうんだね。よろしく」
「キュー!」
玲奈が手を出すとキューイは前足を出し、玲奈の人差し指を握って振った。
「あはは、可愛い! ねえ、こないだこの子と一緒に空飛んでたでしょ。ホウキに乗って」
「……やっぱりあれも見えてたんだな。なのにお前、俺やキューイを見ても平気なんだ。……怖くないのか?」
「怖い? なにが?」
「俺やキューイが」
「怖くなんてないよ。だからさ、ホウキに乗ってた理由を教えてくれる? 私、ずっと気になってたんだ」
翡翠は目をパチパチさせたかと思うと、次の瞬間にはプッと吹き出した。
「お前って変な奴だな!」
きつい顔立ちの翡翠だけど、笑った顔は意外に可愛い。
「見えてるんだからしょうがないか、お前には教えてやる。だけど他の人には内緒にしろよな」
「もちろん!」
玲奈が力強くうなずくと、翡翠は声を潜める。
「俺の一族は魔法使いなんだ。俺も魔法使いで、森から出て来た魔物を狩るのが役目さ。こないだはキューイと一緒に魔物を倒した帰りだったんだ」
「そっかぁ……って、魔物? 森から魔物が出てくるの?」
「出てくる。あの森は別世界との“境”だからな」
「すごい!」
魔物、ドラゴン、魔法使い。
境ノ森町に来た玲奈のワクワクする日々は、これから本格的に始まりそう。
「ねえ。今度、私もホウキに乗せてよ」
「駄目に決まってるだろ」
「ケチ!」
――たぶん、始まるんじゃないかな。
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