第14回 この空の下で、私たちは歩いて行く
2021年 12月公開
第2会場6位 総合21位
(1位/3票 2位/4票 3位/1票)
改題
『その日に出会うものたちへ ~東の巫女姫様は西の地でテイマーとなり、盗まれた家宝を探して相棒の魔獣と共に旅をする~ 』
掲載サイト:アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベル (不定期更新)
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『あらすじ』
世界には冒険者がいて、冒険者のために『冒険ギルド』が存在する。
宿泊施設を用意し、食堂も兼ね備え、商品の陳列も行い、各種の依頼を扱う場所。
そして職の判定テストを行い、一般人を冒険者にしてくれる場所だ。
テストの結果を見た冒険ギルドは、いくつもの職の中から各個人に適したものを提示する。
提示された中から希望の職を選び終えた人は、晴れて冒険者となることができた。
ただし職にも人気不人気があり、不人気職はやがて廃れていく。
魔獣使い『テイマー』もその一つで、消える日を待つばかりの職だった。
……はずなのだが、ある日一人の娘がテイマーを志した。
相棒の魔獣と共に世界を巡るうち彼女は、消えるはずだった『テイマー』という職の人気を復活させていく。
――だがそれはまだ、先のこと。
今はテイマーを目指している駆け出しの冒険者でしかない。
これから始まるのは、そんな一人の娘の冒険譚。
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長い黒髪を風に遊ばせながら、リディはのんびりと歩いていた。
道の端には小さな花が揺れている。左右に並ぶのは小さな建物、遮るものが少ないので視界のほとんどは青い空が占めている。
そんなのどかな光景はこの小さな村にとても似合っている気がして、リディは思わず目を細めた。
――ただ。
困ったことに、同じような建物ばかりで目的の場所がさっぱり分からない。
誰かに尋ねようにも、人に会うことがない。
家畜たちには会ったのだが、残念ながらリディは彼らの言葉を理解することができなかった。
それでも歩いていれば見つけられるだろうと思ったのだが、前方に見えてきたのは緑の草原だ。まだ目的の場所が見つからないというのに、このままだと村の外へ出てしまうらしい。
「ありゃ。どうしよう」
思わず呟いた時、左の道から声がする。顔を向けると、一人の老人が目を丸くしてリディを見ていた。
「こんにちは!」
人に会えて嬉しくなったリディが手を振ると、老人はハッとしたような表情になる。
「お、おお。すまんなあ。よその人を見るのは久しぶりだったもんで、驚いてボーッとしてもうたわい」
「ごめんね、驚かせちゃって」
「なんの、ちょっと寿命が縮んだくらいじゃ。なんてなぁ。カッカッカ」
「……どのくらい縮んだの?」
「……ただの冗談じゃよ。そんな深刻な顔をせんでもええわい」
気まずそうな様子を見せた老人は、杖を突いてゆっくりとリディの傍まで来る。
「ときに、嬢ちゃんは何をしとったんかな?」
「実はね、探してる場所があるんだけど、見つからなくて困ってたとこなの。良かったらどこにあるか教えてもらえる?」
「ええとも。何を探しとるんじゃ?」
「冒険ギルド」
「ぼうけんぎるど?」
老人は一本調子でリディの言葉を反芻する。
「ぼうけんぎるど……そんなもんはうちの村に無いぞい」
「またまたー。本当はあるでしょ?」
「いーや。ワシが生まれて88年、この村に存在したことは無い。本当に無い」
「そんなことないよ。絶対にあるんだってば。ちょっと待って」
リディは手にした荷物を地面に置き、中から『冒険ギルド所在地一覧』と書かれた冊子を取り出してパラパラとめくる。
「ほら、見て。ここ」
「……ルフザ村……あ、確かにこの村のことじゃのう。……ん?」
老人の目は冊子に記載されている『ルフザ村 冒険ギルドマスター:デール・ブルック』という文字に注がれている。
「デール……ああ、なんじゃ。冒険ギルドなんつう大層な名前で呼んでからに」
老人は白い髭に囲まれた口の端を上げて笑う。
「何でも屋なら、確かにあるわい」
+ + + +
冒険ギルドはその性質上、何でも屋と呼ばれることが多い。
基本的な役目は冒険者の統括と各種依頼に関することだが、依頼は違法なものでなければどんな内容でも受付可能だ。
そのため、遺跡の調査からモンスター退治はもちろんのこと、護衛や古語解読、アイテム修理、調理手伝い、子守といったものまで募集されていることがあった。
他にも、食堂や宿泊施設を備えているが、別に冒険者専用というわけではない。
更にある程度の商品を陳列しているが、これも冒険者専用というわけではない。
結果、一般の人々からは何でも屋として認識される場所になるのだった。
「――だけど、ここまで何でも屋って言葉がふさわしい冒険ギルドは初めて見たわ」
「だろう!」
料理の仕込みをしている際中だったというギルドマスターのデールは、自慢げに胸を張る。
「この村は平和なもんで、冒険者もほとんど来なくてなあ。どうせ俺しかいないギルドだし、暇に飽かして好き勝手してたらこうなっちまったわけよ」
今までリディが見て来た冒険ギルドに、『冒険ギルド』という文字を『何でも屋』と書き直していたり、冒険者受付台が多種多様な品の販売台と化していたり、掲示板に貼られているのが依頼ではなく『本日のメニュー』だったりするギルドも見たことがない。
もちろん、エプロン着用のギルドマスターもいなかった。
だが、リディはにっこりと笑う。
「村人のためになる良いギルドだね」
「おっ、分かってるな!」
デールは白い歯を見せた後、食堂の椅子をリディに勧め、自身も向かいの椅子に腰かける。逞しい肉体を持つ推定50過ぎの男性に座られた小さな椅子は、彼が身動きするたびギシギシと悲鳴をあげた。
「で? リディはこんな冒険ギルドに何の用だ?」
「そうだね……まず、これを見てくれる?」
「お、冒険者の身分証か。どれどれ」
リディの手から身分証を受け取り、デールは目を走らせる。
「えー、名前はリディ・ベルジュ。……ベルジュ?」
身分証から顔を上げたデールは、怪訝そうにリディを見つめる。
やがて一つ首を振ると、もう一度身分証へ視線を落とした。
「ま、そんなこともあるか。……年齢は17歳、女、黒髪、紫の瞳。……出身はアガロニア国マファス……おいおい、ずいぶん遠くから来たんだな。アガロニア出身の冒険者なんて初めて見たぞ。……で、職業は……」
口を閉じ、デールは眉を寄せる。
「……どういうことだ?」
身分証は職業の欄だけがぽっかりと空いている。
「冒険ギルドの身分証は、発行する際にすべての欄を埋める。こんなことはありえん。――ありえるとすれば」
デールの瞳は獲物を狙う猛禽のように鋭くなった。
冒険者はその性質上、風体が怪しい者や荒れくれた者もいる。一般人から見ると恐怖の対象となるが、冒険ギルドの身分証があるのなら話は別だ。背後には冒険ギルドがいて、彼らの言動に責任を持つという証明となるためだ。
だからこそ冒険ギルドは身分証に関する不正は絶対に許さない。もし盗んだり偽造したりしたことが判明した場合、ギルドから厳しい制裁が下される。
しかしリディは動じることなく、正面から向けられた射貫くような視線を受け止めて微笑んだ。
「身分証は正規の物だよ。ほら、ここにちゃんと黄金の紋章も入ってるでしょ」
「さて、どうだろうな。それはこの身分証に職業が書いてない理由を聞いてから判断しようか」
「うん。私もその話をしにきたんだ」
リディは机の上で両手を組んだ。
「私もね。国で身分証を発行してもらう時に、もちろん職は提示されたんだよ」
冒険者になるためには、大きな街の冒険ギルドでテストを受ける必要がある。
本人の持つ体力や魔力などの測定をし、使用できる武術や魔術などを見た結果、判定員が『なれるの職業リスト』を提示する。
その中から職業を選ぶと、晴れて冒険者と呼ばれることになるのだ。
「だけど私のなりたい職は提示されなかった。理由を聞いてみたら『その職の判定ができる者はここにいない』って言われたんだ。だから全部の職を拒否したら『職業欄は空けておくから、その職の知識を持ってる判定員を探せばいい』って言ってもらえたの」
「言ってもらえ……いや、そう簡単に言ったりしねえぞ。お前さんずいぶんゴネたな?」
デールの言葉を無視してリディは続ける。
「冒険ギルドの判定員は、全員がすべての職を判定できる。って言われてるけど、実はほんの一握りの人にしか判定できない職があるなんて知らなかった。――私は希望職が判定できる人を探して、あちこちの冒険ギルドを訪ねたの。で、やっと『デール・ブルック』の名を聞くことができたってわけ」
紫の瞳に見つめられ、デールは大きなため息を吐いた。
「一握りの奴にしか判定できないってのはちょっと違う。職のなり手が減って判定の必要がなくなったから、判定知識も必要なくなった。必要ない知識だから判定員たちも覚えなくなったってだけだ」
デールは体を背もたれに預けた。椅子が先ほどより嫌な音を立て始めたが、彼は気にする様子がない。
「つまりテイマーって職はもう需要がねぇんだよ」
「でも私はテイマーになりたい」
「やめとけ」
天井を見上げながらデールは胸の前で片手を振る。
「もっと他の、皆から必要とされる職にしておきな」
テイマーは一部の魔獣を調教することができる職だが、魔獣がどこまで言うことを聞いてくれるのかはテイマーとの信頼関係が鍵となる。うまく信頼関係を築けていない魔獣はテイマーの命令を無視することもあった。
そのため冒険者パーティでは面倒な存在であるテイマーを仲間に加えなくなり、居場所が減ったことでテイマーという職は徐々に廃れていったのだ。
「私ね」
しかしリディの声色は真剣なままだ。
「ここに来るまでたくさんの冒険ギルドに行って、そのたびに言われたよ。『もっと皆から必要とされる職にした方がいい』って。でもね。誰が必要としなくても、私がテイマーって職を必要としてるの。アガロニアからここまで来たのは、テイマーになるためなんだから」
「……何でそこまでして?」
「何でも。とにかく私のテイマー素質を判定をしてよ、デールさん。私、テイマーになれたら毎日ちゃんと魔獣の世話をする。約束するよ。だからお願い、この通り!」
「親にペットをねだる子どもかよ」
眉間に皺を寄せて腕を組んだデールは、頭を下げたリディを見る。
体を揺すってしばらく椅子を泣かせ続けた後、ようやくうなずいた。
「分かった」
デールは膝を打つ。同時に椅子が砕けた。
「お前さんがテイマーになれるかどうか、まずは判定してやるよ」
「――ありがとう!」
机の上に顔を出したデールに向け、立ち上がったリディは顔を輝かせて両手を上げた。
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