書き出し祭り

第13回 赤い光の示す先 ~災厄の凶星が見せる未来と、災厄を払う者たちが進む道~

2021年 9月公開


第1会場18位  総合67位

(1位/1票  2位/3票  3位/3票)


未連載



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『あらすじ』


ある日、西の空には予言通り『災厄の凶星』が現れた。

この凶星が天頂へ届く前に災厄の元凶を消してしまわないと、世界は終焉を迎えてしまう。


危機を察した星道神殿は、五人の導きの巫女へ使命を下した。


「災厄を払う者を探せ」と。


巫女の一人ベリンダは辿り着いた東の町で、己が導く【災厄を払う者】エドムントを見い出す。

これで使命を遂行できると安堵するベリンダだったが、直後に町は何者かによって襲撃され、混乱の中でエドムントは行方不明になってしまった。

一方で既に【災厄を払う者】見つけていた四人の巫女たちもまた、ベリンダと同じように襲撃を受けていた。


離れてしまった相手を探す巫女たちは、やがて予言の真実を知ることになる。



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 今日も空は青く、雲一つない。

 玄関から出たベリンダは、濃く落ちる自分の影に視線を落としてため息をついた。


 ――せめて雲が厚ければ、あれは隠れて見えなくなるのに。


 うつむいたまま扉に鍵をかけ、道へ足を踏み出す。灰色の石畳だけを見ながら小走りに店へ向かおうとしたとき、急に人の足が見えてぶつかりそうになった。


「すみませ――」


 顔をあげた途端、見たくなかったものが目に入って思わず顔を背けると、正面からは力ない声が聞こえた。


「……出会ってすぐそっぽ向かれるなんて、僕、本当は、ベリンダに嫌われてたんだね……」


 下がりきっていない未だ高い声は少年のもの。

 しかもこれはベリンダが良く知る声だ。


「あっ、ごめんね。エドのせいじゃないのよ」


 配慮に欠けた行動を悔やみつつ、立ち位置を変えたベリンダが顔を上げると、目の前に立っていたのはやはりエドムントだ。

 彼が見るからにしょげていたので、ベリンダは無理に笑顔を作る。


「向こうに苦手な人の姿が見えたから、つい」


 咄嗟の出まかせを言うと、眉間に皺を寄せたエドムントは振り返って額に手をかざした。


「苦手な人? ……もしかしてうちの食堂に来るお客? なんだ、まだベリンダに言い寄る奴がいるの? どいつ?」


 不機嫌に言い捨てるエドムントの声を聞いてベリンダは慌てた。

 エドムントはベリンダが働いている食堂、その経営者の息子だ。両親に代わり、雇っている給仕に迷惑行為をする人へ文句を言うつもりかもしれない。


「あ、あのね、お客さんじゃないの。それに、もう角を曲がったみたい。いなくなっちゃったわ」

「そっか。……でも、店で嫌なことされたら遠慮するんじゃないぞ。父さん……じゃない、親父でもお袋でも僕……俺でもいいから、いつでも言えよな」


 向き直ったエドムントはそう言って胸を張る様子を見せる。だが、まだ十四歳の彼は体つきも華奢で、十八歳のベリンダよりも背が低い。

 まるで弟のような彼が見せる背伸びした様子は、頼りがいよりも微笑ましさの方が多く感じられた。


「ありがとう」


 笑いを堪えながらベリンダが言うと、エドムントはほんのり顔を赤くする。


「いいって。それに礼を言うのはこっちだよ。ベリンダが来てくれてから、うちの売り上げはずいぶん上がってるんだし」

「そうなの? どうして?」

「若くて綺麗な給仕目当ての客が増えたってことさ」


 だから、と言ってエドムントは更に顔を赤くする。


「ベリンダがずっと、うちにいてくれると嬉しいんだけど」

「ごめんね。最初に言った通り、私は人を探してるの。その人が見つかったらまた旅に出るわ」

「……そっか」


 エドムントは気落ちした様子を見せるが、すぐに顔を上げて首を振る。


「でも、見つかるまではうちの店にいてくれるんだもんな!」

「……そうね……」


 歯切れが悪くなるベリンダだったが、エドムントは気付かなかったようだ。彼は朗らかに続ける。


「ねえ、ベリンダもこれから店へ行くんだろ? 一緒に行こうよ。ちょうど俺も親父に頼まれた用が終わったとこだったんだ」


 エドムントにうなずいたベリンダは、顔を上げたまま店の方へと体を向ける。そのせいで、必死に見ないようにしていたものが視界に入ってしまった。


 西の空に輝く、災厄を呼ぶ凶星。


 明るい陽光に隠れることなく不吉な赤い光を放つ様子は、まるで不甲斐ない自分をあざ笑うかのように思える。

 悔しさのあまり拳を握るベリンダの耳の奥に、しわがれた声がよみがえった。


『これは、お前たちにしかできない』


 脳裏に浮かぶのは声の主、白い髭を長く伸ばした老齢の男性。

 彼はその面もまた白くしながら、ベリンダたち五人に言ったのだ。


『予言の書にある通り、赤い凶星が現れた』


 ――赤い凶星は破滅の予兆

 ――西の空に現れ、ゆっくりと天頂を目指す

 ――頂へ届いた暁には災厄を呼びよせ、世を滅ぼすだろう


『探してくれ、赤い凶星を止められる【災厄を払う者】を。世界を破滅から救う者たちを』


 星道神殿の神官長は、膝をつく五名の女性にそう言って頭を下げた。


 白い衣を身にまとった女性は、全員が輝く黄金の髪と、晴天を映したような青い瞳を持っている。年齢は十六から二十までの一人ずつ。ベリンダは下から二番目、当時は十七歳だった。


『【災厄を払う者】を探し出し、災厄を止めることができるのはお前たちだけだ。導きの巫女たちよ、くれぐれも頼んだ』


 彼の言葉を聞いて身が引き締まる思いを感じながら、ベリンダもまた他の巫女たちとともに「はい」と力強く返事をしたのだ。

 互いに切磋琢磨した導きの巫女たちが己の占いに従った方向へ旅立つ中、ベリンダもまた星道神殿を後にした。

 日々の占いに従ってひたすらに東へと移動し、この町へたどり着いたその日、いつものように占いをしてベリンダは震えた。


『【災厄を払う者】と出会えるのはこの場所』


 あれは星神殿を出てからちょうど半年後のこと。これでようやく導きの巫女としての役割を果たすことができるとベリンダは安堵したのだ。


 その日の内に宿を出て、この町で住まいと仕事を探した。当面の資金として星道神殿からはかなりの金額を預かっていたが、金は【災厄を払う者】と会った後の旅でも使うことになる。町に居られる間は金を稼いだ方が賢明だと判断したのだ。


 大きな街道が交差する場所にあるこの町は、人も多く仕事も多かった。食堂の給仕として働くことになったベリンダは、我ながら良い仕事を見つけたとほくそ笑んだのだ。


 赤い凶星は普通の人には見えない。見えるのは星道神殿の神官やベリンダたち導きの巫女、そして【災厄を払う者】だけ。

 ならばこの食堂のように人が多く集まる場所では、凶星が見える者に関する噂が聞こえるのではないかと思ったのだ。


 働きながらベリンダは客の話に耳をそばだてた。

 間をおかず【災厄を払う者】は見つかると思っていたのだが、ベリンダの意に反して『空に妙なものを見た人』や、『見たという誰かの話』をする人は一向に現れない。


 町に到着して一か月が過ぎ、半年が過ぎ、ついに一年が経ってしまった。


 日々行う占いでは『【災厄を払う者】と出会えるのはこの場所』との結果が出続けているというのに、ベリンダは相変わらず【災厄を払う者】を見出せない。「今日こそは」と期待しながら食堂へ向かって、悄然としながら家路につく。そんな毎日を送っていた。


 他の四人はどうしているだろうかと、ベリンダはいつも思う。

 あれから一年半も経っているのだ。彼女達はとっくに自分が導くべき【災厄を払う者】を見出しているに違いない。


 そして、既に――。


「気味が悪い」


 ぽつりと呟く声が聞こえて、ベリンダははっとする。傍らを見ると、エドムントの横顔が目に入った。彼は眉を寄せて空の一点を睨みつけている。その方向にあるのは、ベリンダが見るのを避け続けているものだ。


 まさか、との思いが頭をよぎった


「どうかしたの?」


 上ずりそうになる声を抑えながらベリンダが問いかけると、エドムントもまた驚いた表情を見せる。


「なにが?」

「いま、気味が悪いって言ったでしょ」

「そんなこと言った?」


 うなずくベリンダに向け、エドムントは慌てて首を左右に振る。


「ベ、ベリンダの気のせいじゃないかな! 僕は何も言ってないよ!」

「嘘。ちゃんと言ったわ。私、はっきり聞いたもの。何が気味悪いの? 教えて」

「言ってない! 気味悪いなんて言ってないよ!」


 むきになって否定するエドムントに、ベリンダは悲しげな表情を作ってみせた。


「そう……。ごめんなさいね、しつこく聞いて。私とはまだ知り合って日が浅いもの、エドが秘密の話をしたいって思えないのも当り前よね」

「そんなことない!」


 エドムントは反射的に否定の言葉を発したのだろう。すぐに、しまった、という顔つきになる。しかし横でベリンダが笑みを浮かべると、大きくため息をついてから口を開いた。


「あの、さ。絶対誰にも言わないでくれる?」

「エドが言って欲しくないなら、誰にも言わないわ」


 ベリンダが努めて穏やかに請け合うと、エドムントはほっとしたように口を開く。その様子を見ると、彼はずっと話したかったものの、誰にも言えず苦しかったのではないかという気がした。


「僕……俺さ。……ある日いきなり、変なものが見えるようになったんだ」

「……変なものって?」

「赤い星」


 ベリンダの耳の奥で大きく鼓動の音が響く。


「最初は何かの見間違いかと思ったんだ。だって父さんや母さんもだけじゃなく、友達も見えてないみたいだったから」

「……それはいつから見えるようになったの?」

「ええと、一年くらい……じゃないな、もうちょっと前。二年までは経ってないと思うんだけど」


 ――西の空に凶星が現れたのは一年半前。見えるのは導きの巫女と災厄を払う者のみ。


「しかもその赤い星は変なんだよ」

「変? どんな風に?」

「……星は普通、夜にだけ見えるもんだろ? でも赤い星は、夜だけじゃなくて昼でもずっと見えてるんだ」


 陰鬱な顔をしたエドムントはゆっくりと腕を上げる。


「今もあそこで光ってる」


 彼の指先は、まっすぐに凶星をさしていた。

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