第53話 闇の中の戦い
灯りの消えた大広間。庭の篝火の光でわずかに物の輪郭は見える。
月人に変装した
「何をしておる、早く灯りをつけろ!」
王の怒号が響いた。
その声で、ざわめいていた重臣や使者たちは静まったものの、不安なのかほとんどの者がその場に突っ立っている。
女官たちは暗闇におびえて壁際にかたまりすすり泣いている。灯りを点けろと言われたところで、火種も一緒に消えてしまってはどうしようもない。
「灯りが一斉に消えるなんて、魔物の仕業かもしれない……」
「いやだ、怖いこと言わないでよ!」
「でも……」
気を利かせた衛士が庭の篝火から火種を取ってくるが、広間に入るなり瞬く間に消えてしまった。
それを見た者たちから再び悲鳴が巻き起こる。
「なっ……何なのだこれは! だっ、誰でも良い。早く灯りを点けろ!」
王の声を聞き、先ほどの衛士が再び火種を取ろうと篝火に向かったが、彼がたどり着く前に今度は篝火が白い煙を上げて鎮火してしまう。
炎が消えた篝火の前で、さすがの衛士も「ひっ」と声を上げた。
今度こそ真の暗闇に閉じ込められ、広間に集った者たちは恐慌に陥った。
「皆の者、静まれ! その場から一歩も動くでないぞ。動けば命の保証はせぬ」
パニック状態の広間に、凜とした声が響き渡った。
その声がかつての王妃――王太后
「王太后さまだ」
「王太后さまは何が起こっているかご存じなのか?」
「まさか、これは王太后さまが……」
「しっ! 滅多なことを言うものではない」
大広間に集まった者たちは、この場で月人暗殺が起きているとは思っていない。
ただ何かの力が働いた結果、灯りが消されただけだと思っている。
だが、広間の中央から聞こえる物音に気づく者もいた。暗闇の中で、珀と王太后の部下が格闘している。拳を打ち合う音やその息づかいが聞こえてくるのだ。
「母上、これは一体どういうことですか!」
「そなたは黙って座っておれ」
王の言葉は王太后に一蹴されてしまう。
「――――夏乃、大丈夫か?」
「はい」
月人に助け起こされて、夏乃はその場に座り直した。極度の緊張のせいで苦かった胸も今は落ち着いている。
夏乃が広間の中央に視線を向けたとき、ドスンと人が倒れるような音がした。何かがなぎ倒されるようなバタバタという音が聞こえ、「ひぃっ」と誰かの悲鳴が上がった。
格闘する二人のどちらかが、席を仕切る衝立をなぎ倒して床に転がったらしい。だが、すぐに戦いは再開した。
「もっ、もう我慢ならん! わたしは下がらせてもらう!」
一人が声を上げると、その声に触発されたように多く者が声を上げた。暗闇の中を床を這ってでも逃げようとする者が出口に殺到しはじめる。
「あ、開かないぞ! 扉が開かない!」
「誰か、開けてちょうだい!」
客も女官も一緒になって扉を叩くが開かない。不思議なことに、庭へ出ようとした者たちも何かの力に阻まれて出られなかった。
「この機に乗じて宮へ戻ろうかと思いましたが、どうやら無理のようですね」
「そうだな。呪術でこの広間を封鎖しているのだろう。正直、義母上がここまでやるとは思わなかった……」
冬馬の悔しそうな声と、月人の淡々とした声が夏乃のすぐ近くから聞こえた。
「こうなっては話し合いも出来ないでしょう。一刻も早く王宮から脱出しなくては。今はとにかく少しでも安全な場所へ――――」
「じゃあ、後ろの壁まで下がりますか?」
一番後ろに座っていた夏乃は、真っ暗な背後に手を伸ばした。
低い衝立で囲まれた月人の席の後ろは一段低い通路になっている。今は暗闇で何も見えないが、物が落ちていたら危険だ。
暗闇の中でも月人たちが歩きやすいように手探りで進もうとしたのだが、伸ばした手を月人につかまれてしまった。
「勝手に動くな。私から離れるな」
思いもよらぬほど近い所から声がして、心臓がドキッと跳ねた。こんな緊迫した事態だというのに、手首から伝わる月人の熱にときめいてしまう。
(やばいやばい! あたし、こんなんで月人さまから離れられるのかな?)
別れの時は確実に近づいているのに、夏乃の心は未だに揺らめいている。
余計な気を払おうとプルプルと頭を振った時、闇の中から刃の触れ合う音が聞こえ、夏乃はハッと身を固くした。
ドサリと重い音がしたと同時に、カランカランと何かが近くに転がる音がした。
槍を持つ衛士を誰かが倒したのだろうか。
(……近くに、別の敵がいる?)
そう思った刹那、空を切る音がした。
夏乃は咄嗟に月人の手を振り払い、近くにあった衝立を投げた。その隙に、床に転がった何かに手を伸ばす。
(木の棒? やっぱり槍だ)
手に触れた棒を夏乃は握りしめた。
(……来る!)
全身が総毛だった。
ざわつく胸の鼓動に合わせて、横長に持った槍の柄を両手で前に突き出すと、ガツンと衝撃が走った。が、それは雪夜と戦った時のような刃の衝撃とは違っていた。
「みんな身を低くして!」
背後に向かって叫び、夏乃は通路に飛び降りた。
暗闇で見えないはずなのに、朱色の衣がひらりと踊ったような気がした。
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