最終章 行雲流水
第52話 朱塗りの盆
朝賀の儀が始まった。
列の先頭に並んでいた使者は、貢ぎ物を持った従者を連れて庭から回廊へ上がり、広間の入り口にいた衛士に引率されて広間の中へと進んでゆく。
使者のほとんどは属国の王族だ。彼らは立派な衣を身にまとい、堂々と胸を張って広間の中央を歩いているが、貢ぎ物を持った従者は身を低くしたまま主の後を進んでゆく。
彼らは広間の中央で立ち止まると、使者が従者から貢ぎ物を受け取り、一段高い王の席の前に跪き、新年の寿ぎと王への貢ぎ物についての口上を述べはじめる。
王から言葉を貰った使者は一礼して去り、彼の捧げた貢ぎ物は侍従の手で別の場所に並べられる。そうして次の使者が王の御前に進むのだ。
宴に集った人々は、王と使者の会話を聞きながら貢ぎ物についての評価を囁きあっていたが、
使者たちが一人また一人と王に貢ぎ物を捧げる度に、最後尾に並んだ男たちが近づいて来るのだ。
「間違いない。最後尾の男だよ」
夏乃はギュっと
珀の隣に座る
「大丈夫だ。心配するな」
「でも……」
月人の穏やかな顔を見ても、夏乃の心は落ち着かなかった。
王太后の部下が、わざわざ従者のフリをして朝賀の儀に来る理由は一つしかない。
「私は、そなたが思うほど弱くはない」
「でも……」
冬馬に似せるための化粧で、月人の肌はいつもより少し暗い。でも、瞳は紫色のままだ。銀髪の
夏乃は月人の白魚のような手から自分の手を引き抜こうとしたが、逆に強く握り込まれてしまった。
「と、とにかく、何か武器になる物か、防御する物を探さないと……」
朝賀の席に武器の携帯は許されていない。謁見にきた使者はもちろん、武官である珀も、月人や冬馬も丸腰だ。
月人に片手を預けたまま、夏乃はまわりを見回した。
床にひかれた毛皮の座布団。並べられた大小のお膳。座の一番後ろに控える夏乃の近くには、予備の酒杯や酒壺くらいしか見あたらない。
そうしている間にも使者たちは次々と交代し、徐々に不気味な姿が近づいて来る。
夏乃は近くにあった朱塗りのお盆を手に取った。武器にはならないが、盾の代わりくらいにはなるだろう。
夏乃が前を向いたとき、ちょうど使者が交代した。
二人の衛士に挟まれて、控えていた男たちがゆっくりと動き出す。使者の後ろを歩く王太后の部下は、手に細長い木箱を捧げ持っていた。
(武器を持ち込むなら……あの箱か)
夏乃は今度こそ、月人の手の中から自分の手を引き抜いた。
朱塗りのお盆を両手で握り、従者風の服を着た王太后の部下に視線を戻す。彼はすでに、月人に割り当てられた区画の端にかかろうという場所まで来ていた。
(やばい……嫌な予感しかしない)
ハラハラしながら見守っていた時だった。
――――フッ、と広間の灯りが一斉に消えた。
「なっ、なんだ、これは?」
「何が起きたんだ?」
「灯りをつけろ!」
広間が騒然となる中、微かに聞こえる風切り音。
「伏せて!」
夏乃が叫んだのが先だったろうか。
庭からの薄明かりに何かがきらりと光った。
素早く身を乗り出した夏乃が闇雲に朱塗りの盆を突き出すと、トスッと音を立てて何かがお盆の背面に刺さった。
カラン カラン カラン
朱塗りの盆が真っ二つに割れ、何かが音を立てて床に転がると、どこからかチッという舌打ちが聞こえた気がした。
とりあえず最初の攻撃は防いだ。
緊張から一気に解放されて、夏乃はその場に手をついた。まるで全身が心臓になったように鼓動が激しい。巡る血潮に呼吸が追いつけず、息が苦しかった。
早く動かなければ――――そう思ったとき、誰かが夏乃の身体を後ろへ引き寄せた。
後ろへ下がった夏乃の横を通って、珀が素早く前へ出る。
全てが一瞬の出来事だった。
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