第51話 篝火に映る影


 朝賀は昼間に行われる儀式だろうと思っていたら、夜から始まる宴のような謁見式だった。

 ただ、今まで参加した宴とはまるで違う。

 大広間から見える広い庭では大きな篝火が焚かれ、その周りに使者や従者たちが集まって暖を取っている。

 冬至の儀式の時に山海の幸がたくさん置かれていた五重塔の前には、各国からの贈り物がたくさん積み上げられ、王に捧げられる時を待っている。


 広間の一段高い上座に王と王妃が。王の隣の庭側には王太后と供の者が。王妃側の一段下には数人の巫女たちが座っている。

 月人つきひとの席は、巫女たちのさらに下座で、王座に近い場所とはいえ臣下側の席だった。


「あ……あの人」


 兵士姿の夏乃なつのは、月人の護衛として朝賀に参加していた。王太后の部下が紛れていれば、顔を知っている夏乃が必要になるからだ。

 低い衝立で仕切られた月人つきひとの席。その一番後ろから広間を見回す。

 夏乃が最初に目をとめたのは、王太后の侍女珠里しゅりだった。朱色の衣を着た珠里は、かいがいしく王太后の食事を整えている。


「あまり王太后さまの席を見るな。おまえの役目は例の男を探すことだろう?」

「あ、うん」


 ハクに咎められて、夏乃は慌てて王太后の席から目を逸らした。

 普段は楽人や舞姫が踊る舞台となる広間の中央部分は、今夜はガランとしている。朝賀に集った各国の使者たちが王に謁見するためだ。

 彼らは持参した貢ぎ物を捧げ持ち、王の前で新年の挨拶をするらしい。彼らにとっては宗主国の王に顔を売り、取り立ててもらうチャンスなのだ。


「庭にいる人たちは、どの辺りまで王様に近づけるの?」

「そうだな。重臣たちの最前列、ちょうど俺らの席の手前辺りまで来られる」

「……近いね」


 珀の言葉を聞いて急に不安になった。

 広間の四隅や王の近くにはもちろん警備の衛士がいる。だが、広間の中央部分から狙われたらひとたまりもない。


 月人はいつものように、頭から薄絹を被り顔の半分ほどを隠しているが、薄絹の中に隠れているのは冬馬トーマだ。

 わずかでも命を狙われる可能性がある宴に、何の策もなく出席するなどあり得ない。冬馬は自ら志願し、持参していた月人人形のかつらを被ってこの宴に臨んでいる。


 本物の月人でないからと言って、命の危険は同じだ。最前列に座る冬馬は床に直接置かれた座布団の上に座っている。彼の隣で酒を注ぐ侍女頭も、異変が起きた時に咄嗟に動くことは難しい。まごまごしているうちに攻撃されてしまうだろう。


(まずはアイツを探さなくちゃ)


 夏乃は、庭にいる使者たちに目を凝らした。

 赤々と燃える炎の周りにはたくさんの人が集っているが、炎のせいで黒いシルエットしか見えない。炎に照らされた横顔が見える者もいるが、今のところ知っている顔はない。


 しばらくして謁見の順番が決まったのか、庭にいる使者たちが動きだした。

 篝火の周りに立っていた使者たちが徐々に集まり、広間の前にある回廊へ上がる階段の前に一本の列をなしてゆく。


 そんな中、最後まで動かぬ二つの影があった。細長く伸びた影と、それより頭一つ低い影の二つだ。

 全ての使者たちが列に加わったのを確認したかのように、男がゆらりと動いた。

 篝火の前で踵を返した拍子にひとつに括られた髪がふわりと翻り、赤々と燃える炎に男の横顔が照らされた。


「ヒッ……」


 悲鳴のような声が漏れそうになって、夏乃は両手で自分の口を塞いだ。

 無機質な横顔と酷薄な瞳。たった一瞬見えただけなのに、あの男だとわかった。

 篝火に背を向けた男が二人、使者の列に並ぶ。


「珀……」


 夏乃はすがりつくように、珀の袖をぎゅっと握りしめた。 

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