第50話 書状


「ねぇハク

「ん、なんだ?」

「えっと……珀はさ、竜宮岩がどこにあるか、知ってるの?」

「はぁ?」


 予想通りに顔をしかめた珀を見て、夏乃なつのは思わず苦笑を浮かべた。

 二人は今、月人つきひとの部屋の前で警備中だ。もちろん宮の入口にも警備兵はいるのだが、兵士見習いの夏乃が月人の宮にいても不自然ではないように、警備の真似事をすることになったのだ。


「おまえ……まさか!」

「ちがうちがう。もちろん正確な場所を知りたいって気持ちもあるけどさ、その岩のことを一般の人も知ってたらマズいなと思って……」

「ああ、そういうことか。竜宮岩は波に浸食されて海に水没した鍾乳洞だ。岬の下にあるから、港に出入りする船乗りなら誰でも知っているが……わざわざ見に行くような奴はいないぞ」

「そうなんだ」


 夏乃が腕組みをしてふむふむとうなずいていると、内側から扉が開いた。眉間に深い縦皺を刻んだ冬馬トーマが顔を出す。


「おまえたち! 警備中に私語とは何事か! 特におまえ、兵士見習いの分際で仕事をおろそかにするとは言語道断!」

「とっ、冬馬さま! もうしわけありませんっ!」

「ええい、中に入れ!」


 冬馬に襟首をつかまれ、夏乃は部屋の中に引きずり込まれた。

 控えの間を通り抜け、月人の部屋の扉をくぐると、長椅子に腰掛けた月人が険しい目で夏乃を睨んでいた。


「珀と何をコソコソ話していた?」

「えっ……と、その、都の話をちょっとだけ……すみませんでした!」


 月人の耳の良さにおののきながら、夏乃は深々と頭を下げた。

 誰にも聞かれないように小声で話していたつもりだったし、夏乃がいた場所と月人の部屋の間には小さいが控えの間がある。扉も二重になっているから、まさか声が聞こえるとは思わなかった。


「都の、どんな話だ?」


 月人は不機嫌な顔で長椅子から立ち上がると、ゆっくりとした足取りで夏乃の方へ近づいてくる。


「だから、ええっと……都で会った屋台のご主人が、不思議な場所の話をしてくれたんですよ。有名な場所なのかなって思って、珀に聞いてみただけです」


(ほぼ事実じゃん……)


 夏乃は思わず天井を仰いだ。

 古武道の道場で育ち、祖父に厳しく躾けられたせいで夏乃は嘘が下手だ。月人に正面切って尋ねられてしまえば、適当な嘘さえ思いつくことが出来ない。


「ほぅ、不思議な場所か」


 目の前で立ち止まった月人が、じっと夏乃を見下ろしてくる。

 この目に見つめられると弱い。どうせこれ以上何か言っても墓穴を掘るだけだ。夏乃は月人の目を避けるようにうつむいた。


「冬馬。珀を呼べ」

「はっ」


(ああっ……)


 月人に命じられれば、珀は暁に会ったことまで話してしまうだろう。

 暁がこの世界と夏乃の世界を行き来できることを知れば、月人はきっと悲しむ。

 そんな月人の顔を見てしまったら、どうしたって心が揺らいでしまう。


(だから、嫌だったのに……)


 こうなったら潔く自分から話してしまおうか――――そう覚悟を決めて顔を上げたとき、部屋の外から言い争うような声が聞こえてきた。

 それが冬馬の声だと認識して間もなく、扉が開いた。珀の姿は見えず、冬馬ひとりだけが部屋に入ってきた。


「月人さま。王宮の侍女が書状を持って参りました。王太后さまからです」

「義母上が……わたしに書状を?」


 月人は、冬馬が差し出した書状をすぐさま読み下した。


「明日の朝賀に参加せよとの御下知ですね。おそらく、宴に参加されない月人さまを呼び出すのが目的でしょう。ご用心ください」

「ああ。だが、義母上と話す良い機会かも知れない。各国の王族が集まる朝賀でおかしな真似はしないだろう」

「しかし、相手は王太后さまです。属国の王族など、あの御方の息がかかっている者ばかりでしょう――――」


(……朝賀って何だろう?)


 月人と冬馬が深刻な話をする横で、夏乃は首をかしげた。

 ちょうど珀が部屋に入ってきたので質問してみると、属国の使者たちが王に新年の挨拶をする儀式のことだと教えてくれた。


「書状は、朝賀に参加しろって内容だったのか?」

「そうみたい」

「なんで王太后さまがそんなことを……」


 珀はそうつぶやいてから、ハッと息をのんだ。


「朝賀の儀に来る使者たちは、たくさんの貢ぎ物を持ってくる。自分の国から持ってくる者もいれば、王都の商人から調達する者もいる」

「それってまさか……」

「ああ。王太后さまの部下が商人と接触していたことに関係があるかも知れん!」



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