第49話 珠里
――――王宮の厨房。
夕餉の膳を受け取った
(ふぅん……王宮の侍女の手は借りないのね。用心深いこと)
少し離れた柱の陰で、
赤い唇が弧を描き、その瞳は
年嵩の侍女がずいぶん遠くなってから、珠里はゆっくりと歩き出した。
すでに夜の帳が降り、王宮のあちこちには灯明が灯されている。広間ではとうに宴が始まっている頃合いだ。
『――――どうやら月人は、今夜も宴を欠席するらしいな』
王太后の艶やかな声が今も耳に残っている。
彼女は横目で珠里を見つめてそう言っただけで、別段何かを命じられた訳ではないけれど、珠里は、それが無言の命だと心得ている。
月人の様子を見てこい────ということだ。
微笑む
(どうせなら、殺せと命じて下さればいいのに)
珠里は不満げに唇を尖らせる。
自分ならば、あの膳に呪を混ぜる事など
毒と違い、呪はある特定の状況になって初めて毒となる。
珠里が呪を込めれば、あの膳は毒見役を殺すことなく月人の元へと運ばれるだろう。そして、月人が料理を口にしてはじめて毒となるのだ。
珠里は呪師であることに誇りを持っている。必ずや、拾ってくれた王太后の役に立ってみせるという気概もある。
しかし、同じ呪をかけた夏乃は、呪が発動する間もなく月人の護衛に殺された。
(きっと、裏切る暇もなく殺されたのね……)
そう思うのに、心のどこかに釈然としない思いがある。
もっとも、一番納得できないのは、王太后と珠里が力を合わせて練り上げた、犬を使った呪詛が効かなかったことだ。
犬を使う呪詛────
なのに、月人は呪詛の障りを一切受けていない。
(まさか……呪詛が効かないのは、あやつ自身が魔物だからか?)
王弟が魔物だという噂はよく聞いていたが、珠里は信じていなかった。異母弟を厭う王の虚言に違いない。そう思っていたのだが────。
(確かに、月人の母親は異国の魔女だ。半分とはいえ魔女の血を引いているのだから、月人が魔物だったとしても不思議はない)
珠里は、美しい紅麗の顔を思い浮かべた。
狗毒による呪詛を成したとき、王太后はその身の力を使い切ってしまった。もはや呪師としての力は無い。それゆえに、今後は珠里が呪師として力を発揮せねばと思っていた。
(紅麗さまは何故、わたくしにお命じにならないのかしら? わたくしではなく、
悔しくて口端をギリリと噛んだとき、月人の宮が見えてきた。
(いっそのこと、あの侍女にぶつかって、月人の御膳に呪を振りまいてやろうか?)
そう思いつめ、珠里が足を速めた時だった。
月人の宮の出入口から、若い兵士が顔を出した。年嵩の侍女を労うように、御膳を受け取ろうと手を伸ばしている。
ドクン、と心の臓が跳ねた。
(あれは……まさかっ!)
どんなに姿を変えようと、呪師である珠里の目は誤魔化せない。
人の魂にはそれぞれ違う彩りがある。呪師はその彩りを見ることが出来るのだ。そして目の前の若い兵士は、間違いなくあの娘と同じ魂の彩りを持っている。
一瞬で、珠里の心は怒りに染まった。
(まんまと騙されたわ! あんな小娘が、いったいどうやって、わたくしの呪を解いたというの?)
珠里の胸に沸きあがったのは、己の呪を無効化された疑念と悔しさ。そして、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます