第48話 隠しごと
王都の北のはずれ。
立派な外門がある門前広場まで戻ってきたところで、
「あの、お願いがあるんだけど」
夏乃は上目遣いに珀を見る。
「
夏乃が「お願い!」と両手を合わせて頭を下げると、珀は険しい顔で「うーん」と唸った。周りにいる門番たちには、兵士見習いが上司に怒られているように見えているだろう。
「悪いが……約束は出来ないな。必要があると判断したら、おまえの許可がなくても報告する。それでもいいか?」
「それでいいよ」
「もう日が暮れてきた。急くぞ」
「うん」
夏乃は珀にぐいぐいと背中を押されながら王宮の外門をくぐった。
堀にかかる橋を渡り、白塀に囲まれた石畳の坂道をしばらく歩くと、まるで誰かを思わせるような、毒々しいほど赤い内門がそびえていた。
○○
「ああ、戻ったか!」
珀に続き、兵士見習いの服を着た夏乃が部屋に入ると、月人が弾かれたように立ち上がった。
〝月人を毒殺しようとして側近に始末された侍女〟という設定で、夏乃は昨夜遅くに、布でぐるぐる巻きにされた状態で王宮から運び出された。
騒ぎを嫌う月人の要望で、秘密裏に始末されたことになっている。
珀によって王宮から運び出された夏乃は、御座船に一泊し、今日は朝から都見物。
王宮で待っているだけだった月人はよほど夏乃のことが心配だっただろう。眉尻を下げて情けない顔をしている。
そんな月人を見るのが辛くて、夏乃は思わず目を逸らした。
月人の想いを知りながら、夏乃は元の世界に帰る方法を探した。
奇跡的に
(でも……月人さまが命を狙われてるうちは帰れない)
暗殺者を倒しても、王太后が改心しない限り、月人はこれからも命を狙われ続けるだろう。
「よく化けたものだが……兵士見習いの小僧が月人さまのお部屋へ出入りするのは不自然ですね。ただでさえ、夜伽役がいなくなって王宮の侍女どもが喜んでいるのです。夏乃が目をつけられるのは時間の問題。急ぎ帰島の準備をせねばなりませんね」
「帰島の準備はもちろんですが、実は、都で例の男を見かけたのです────」
月人と冬馬を椅子に座らせ、珀は都での出来事を報告した。もちろん、暁のことには触れず、王太后の部下とその密会相手の男のことだけを話した。
「なるほど。珀は、その男が私を殺すために雇われたと思っているのか?」
「今は、その可能性があるとしか申し上げられませんが……」
すべてはただの推測で、証拠があるわけではない。
怖い顔でうつむく珀を応援しようと、夏乃は口を開いた。
「あたしたちが入ったお店は、有名な高級店みたいでした。夜は豪華な食事を出すけど、朝は粥だけ、昼間は団子などの甘味だけしか出さないそうです。そんなお店に、あのきな臭い男が、友達と甘味を食べに入ったと思いますか? あたしが始末されたって情報をつかんで、次の暗殺者を手配したんじゃないでしょうか?」
「だが、王宮の護りは厳重だ。手練れの刺客でも潜入は難しいだろう。何より、暗殺者を倒したところで根本的な解決にはならない。いっそ……義母上を訪ねてみようと思っている」
「なっ……なんですと?」
冬馬が甲高い叫び声を上げた。
「訪ねたところで、あの御方は改心などされぬでしょう。話し合いをする前に、あの御方に毒茶を飲まされて終わりです!
こんなことは言いたくありませんが、この王宮で月人さまが命を落とされても、誰も気にしないでしょう。相手があの御方ならなおさらです!」
「わかっている。だが私は、現状を変えるためにここへ来たのだ。このまま島へ逃げ帰ったところで、何も変わりはしない。それでは、わざわざ王都まで来た意味がないのだ!」
珍しく、月人が感情をあらわにしている。
(そうだった……月人さまは、王都に呼ばれたから来たんじゃない。自分の未来を変えるために、危険を承知で来たんだ。でも……)
夏乃は王太后と会った日のことを思いだした。
王太后は、王の側室だった月人の母を心底憎んでいた。彼女が亡くなった今もその憎しみは消えず、彼女の息子にその憎しみをぶつけている。
二十年余りの月日を経てもなお残り続ける怨讐を、果たして消し去ることが出来るだろうか。
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