第47話 界渡りの呪い師


 夏乃なつのはピンク色の招き猫を手に取った。

 丸々と太ったぬいぐるみのようなビジュアルの猫が、ニンマリと笑っている。


「これは、どこで作ったものですか?」

「きれいな色でしょう? これは異国の品なんですよ」


 手のひらの上に招き猫を乗せた夏乃が尋ねると、店主は嬉しそうに答えた。

 彼はゆるいウェーブの長い髪を後ろでまとめた瞳の大きな優男で、年齢はハクと同じくらいに見える。

 じっくり見ても、この男が海岸で会った男なのかはわからない。顔を見たのはほんの一瞬だけだったから――――。


「実は、あたしの故郷にも似たようなものがあるんです」

「え?」


 店主は驚いたように夏乃を見てから、「ああっ!」と声を上げた。


「もしかしてお客さん、あの時のお嬢さん? 無事だったんだね。良かったよぉ。巻き込んじゃったかと心配してたんだ。あっ、どこも怪我しなかった?」

「えっ……はい、大丈夫です……って! それじゃやっぱり、これはあたしの故郷の品なんですね? どうやって行ったんですか? 行き来できるんですか? その方法あたしにも教えて下さい!」


 店主に掴みかかりそうな勢いで迫ると、後ろから珀に引っ張られた。


「おい夏乃、どういうことか説明してくれないか? 店主、あんたもだ」


 珀がジロリと睨らむと、店主は何かを察したのか慌てて店を畳み、二人を近くの茶店に案内してくれた。


「――――私はあかつきと申します。一応、まじない師をしています。子供の頃から師匠の元で呪い師の修行をしていたんですが、あるとき偶然〝界渡り〟をしてからは、呪い師の仕事よりも異界に渡ることにハマってしまいまして……最近はお嬢さんの世界で仕入れた品物で商売をしています」


「それで、どうやって行き来してるの?」


 夏乃が身を乗り出して先を促すと、暁はお茶を一口飲んでから困ったように笑った。


「港の外れに竜宮岩という大きな岩があります。その岩は、お嬢さんと会ったあの海岸に繋がっています。満月の夜、潮が引くと竜宮岩の中に入れます。お嬢さんの世界では新月のお昼にあたります」

「満月と新月? それじゃ、月に一度、道が開くのね?」

「はい。巻き込んでしまったお詫びに、お望みでしたら、竜宮岩まで案内しますよ」

「次の満月はいつ?」

「五日後ですね」

「おい! 待て待て! まさか本気で帰るつもりじゃないだろうな?」

「あっ……」


 珀の声で、夏乃は急に現実に引き戻された。


「や、もちろん、今すぐは帰らないよ。あたしだって、ちゃんと……の安全を確認してから帰りたいし……」


 つい先ほどまで王太后の部下の密会相手を追っていたのだ。夏乃にとって月人の安全が一番だ――――とはいえ、帰る方法があると分かって、祖父や友達の顔が頭に浮かんだことも嘘ではない。


「何か帰れない訳がありそうですね。それでは、この札を差し上げましょう。私は居場所を転々としますが、この札を火にべて呼び出して下されば、すぐにその場所に参上します」


 ニコニコしながら暁が差し出したのは、木を薄く削って作ったような名刺サイズのカードだった。木の表面には、月人の書庫で見たような文字――――というか幾何学模様のようなものが描かれている。


「ありがとう、暁さん」


 夏乃は暁からもらった札を懐にしまうと、珀に追い立てられるように店を後にした。


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