第八章 界渡り

第46話 手がかり


 店の外へ出ると、雑踏の向こうに背の高い黒ずくめの男が見えた。

 男は大通りの中ほどで連れの男と別れ、それぞれが人混みに紛れてゆく。


ハク、背の低い方を追って!」


 夏乃なつのが前を行く珀の袖を引くと、振り向きざまに珀がうなずいた。

 黒ずくめの男の正体はわかっている。月人つきひとの命を狙う王太后の部下だ。ならば、今は密会していた相手の素性を探るべきだ。

 夏乃と同じ意見だったのだろう。珀は急に歩調を早めた。人混みを歩き慣れない夏乃は少しずつ遅れてしまい、珀との間に距離が出来てしまった。


(大変! 見失っちゃう)


 夏乃は人混みをかき分けながら、必死に珀の後ろ姿を追いかけた。


「すみません! 通してください!」


 声をかけながら人垣を突っ切ると、急に人通りがなくなった。

 いつの間にか裏通りに入ってしまったのだろう。寂れた小道には、店らしい店は一軒も見当たらない。


(あれ? 珀もいない?)


 怪しい男どころか、珀の姿まで見失ってしまった。

 夏乃が途方に暮れていると、何処に身を潜めていたのか、足音を立てずに珀が戻ってきた。


「何かわかったの?」

「ああ。奴は大きな商家の裏口に入っていった。置いて行ってすまなかったな」


 夏乃の頭にポンと手を置くと、珀は夏乃の背中を押して来た道を戻り始める。


「商家ってことは、商人なの? あたしはてっきり、後ろ暗いことを請け負う人だと思ったよ」

「まぁな。だが、商家に入っていったからって商人とは限らない。あの御方の部下が商売の話をしていたと思うか? きっと何か裏があるに違いない」

 

 そう言ったきり珀は黙り込んでしまった。

 一見脳筋に見えるが、珀は細やかな気遣いが出来る男だ。頭も悪くない。きっと色々な可能性を考えているのだろう。


 夏乃は珀に背中を押されるまま、人混みの大通りを歩いた。

 この騒ぎの後では、さすがの夏乃も「都見物を続けたい」とは言えなかった。

 普段は夏乃の歩調に合わせてくれる珀だが、今はまるで急かすように背中を押してくる。きっと珀は、一秒でも早く王宮へ戻り、月人に報告するつもりだろう。


 半ば諦めながら歩いていた時、あり得ないものが夏乃の目に飛び込んできた。


(えっ……?)


 立ち並ぶ店と店の間。雑貨や小物を売る店と店の間の路地に、机ほどの小さな屋台が出ていた。その屋台の上には、ゆらゆらと手を振る猫の人形――――伝統的な形を保ちつつも、顔は可愛らしいニンマリ笑いを浮かべるが置かれていた。


「うっそ……」


 そこは、招き猫専門の屋台のようだった。

 手が動く大きな招き猫は一体だけだが、ピンクや黄色や水色などのカラフルなものが多く、屋台の周りには子供たちがたくさん集まっている。

 その子供たちに笑顔を振りまいているのは、ウェーブのある長い髪を後ろで括った青年だ。


「どうした?」


 急に足を止めた夏乃に、珀が振り返る。

 珀の手はまだ夏乃の背中に添えられていたが、無理に歩かせようとはしなかった。気持ちはいているはずなのに、夏乃への気遣いも忘れていない。

 そんな珀の優しさに、夏乃はつけ込むことにした。


「あ、あのさ、ちょっとだけ見てもいい?」


 夏乃は半笑いで、招き猫の屋台を指さした。




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