【改訂版】月魄を恋う ～呪われた王弟殿下の臨時侍女になりました～

第45話 王都見物

　都（みやこ）の大通りは人で溢れていた。

　たくさんの店が軒を連ね、店の脇や小道の入り口には様々な屋台まで出ている。

特に人だかりが多いのは食べ物の店で、店先の売店や屋台は大繁盛だ。

（さっすが王都ね。白珠島にはない賑わいだわ）

　兵士見習いの簡素な服に着替えた夏乃（なつの）は、朝から珀（ハク）を引っ張りまわして王都中を歩き回っていた。

　後ろで一つに括った髪にみすぼらしい布を巻いた姿は、どうやら珀の小間使いに見えるらしい。どちらにしても王太后の部下に見つかる心配はないし、兵士見習いの服は暖かくて動きやすい。夏乃は大満足だった。

　歩いているうちにわかったことは、この国ではお金持ちの人は店の中で食事をし、庶民は屋台や店先で買うのが一般的のようだ。

　木造の家が建ち並ぶ街並みや、お祭りのような屋台を見るのも楽しかったけれど、夏乃はこの王都で探したい人物がいた。

　夏乃がこの世界へ転移するきっかけとなった男。学校の裏から海へ続く立入禁止の小道へ入っていった男だ。

　あの男の転移に夏乃が巻き込まれたのだとすれば、きっと彼はこの世界にいる。そして、夏乃が出現した海に一番近い陸地はこの王都だ。

　ここに居る可能性が一番高い。

　そう思って朝から歩き回っているのに、なかなかあの男を見つけられない。

　人混みの中を足が棒になるまで歩き回った夏乃は、クタクタな上に腹ペコだった。

「疲れただろう。何か食わないか？」

「いいの？」

　夏乃はパッと珀を見上げた。

　この国の人は、基本一日二食だ。上流階級の人たちは、お昼に軽食を食べるが、使用人にはそれが無い。

「ああ。おれも疲れたし、月人さまから特別に金も頂いてる」

「へぇー。月人さま優しいじゃん」

「あたり前だ。あんな素晴らしい方はいないぞ」

　珀が連れていってくれたのは、大通りに面した立派な食堂だった。

　王宮の建物ほどではないが二階建てのかなりきれいな店だ。しかも店内には火鉢があって暖かい。

　珀は角の席に壁を背にして座ると、お茶と団子のようなものを頼んでくれた。

「もう気は済んだろう。食い終わったら戻らないか？」

「えー！」

　夏乃は団子を頬張りながら不満の声を上げた。

　早く王宮に戻りたい珀の気持ちはわかる。でも、今日を逃したら王都を歩き回る機会は二度とない。夏乃に許された時間は今日一日だけなのだ。

（元の世界に戻る為には、あの男を探さないと……）

　もちろん、たった一日で見つかったら奇跡だろう。そんなことはあり得ない。

それでも夏乃は諦められなかった。

（正直……これ以上、月人さまの傍にいるのはキツい）

　好きな人からあんな風に口説かれたら、心が動いてしまう。

　けれど、夏乃がこの世界へ来てもう一か月が経つ。きっと祖父は、突然姿を消した夏乃のことを心配しているだろう。もしかしたら、心労のあまり倒れているかも知れない。

「あと少しだけ良いかな？　何なら珀はここで休んでてもいいよ」

「馬鹿言うな……」

　長い前髪に隠れていない黒い方の瞳が、じっと夏乃を見つめている。きっと、どうやって夏乃を説得しようか考えているのだろう。

　夏乃はふて腐れた顔のまま、団子を食べた。

　お茶を飲みつつ店の中を見回すと、ちょうど階段を降りて来た男の姿が目に飛び込んできた。

（あいつ、王太后の部下だ！）

　黒ずくめの男が降りて来た階段は、夏乃たちの席のちょうど対角にあたる店の入口付近だ。

　見つからないように咄嗟に壁側に体の向きを変えつつ、夏乃は目の端でそっと様子を窺った。

　王太后の部下は、少し遅れて階段を降りてきた別の男と一緒に店を出てゆく。

「珀！　今店を出て行ったの、あたしを脅した男！」

　小声で目配せすると、珀は素早く店の入口に視線を向けた。

「すぐ戻る。ここで待ってろ」

「待って、あたしも行くっ」

　珀に続いて、夏乃は慌てて立ち上がった。