第七章 王太后の魔の手
第40話 復活祭と巫女の宣託
(……眠れなかった)
冬至の日没とともに点火された神火は、太陽神の再生を願い一晩中燃え続け、復活祭という名の元日は、早朝の儀式と共に始まった。
(いや、普通、眠れないから……)
昨夜のことを思い出し、夏乃はこっそりため息をついた。
早く寝てしまえとばかりに目をつぶったものの、隣に
だから、彼の手が自分の髪を梳いたことも、頬を撫でる手にも気づいていた。
月人の願いがこもった言葉も、その後の口づけも、当然気づいていた。
気づいていながら寝たふりをした。
好きな人が自分を望んでくれる。それはとても幸せな事なのに、泣きたいほど胸が痛かった。
自分は、彼を受け入れられない。親代わりに育ててくれた祖父との二人暮らしを、自分の恋の為にあっさりと捨てさることなど出来ない。
だから、必死で寝たフリをした。
起きていたら、彼の手を撥ね退けなければいけない。でも、自分の想いに気づいてしまった夏乃に跳ね除ける自信はなかった。
結局、月人が静かな寝息をたてはじめても、夏乃は眠れなかった。
夏乃がぼんやりしている間に、復活祭の儀式は終わっていた。
昨日とは違う山菜入りの粥が配られ、それを食した後で解散となった。
先を行く月人と
「ねぇ珀、都見学のことだけど……」
「今日はダメだぞ。俺にも用事があるんだ」
「あたしは暇だよ。別に珀がいなくても」
「ダメだ。おまえ一人で都へ行ってみろ、確実に迷子になるぞ。人ごみには人買いだっているし、おまえにもしものことがあれば俺が月人さまに怒られるんだからな」
「えーっ」
「────あの、もし」
夏乃が膨れっ顔をした時、後ろから声をかけられた。
振り返ると、目元に朱色のアイラインを入れた美しい女性が立っていた。驚いたことに、その人は儀式で見た巫女だった。
彼女は夏乃の前まで来ると、静かに礼をした。
「〈銀の君〉の侍女の方ですよね?」
「はっはい。夏乃と申します!」
夏乃は慌てて頭を下げた。
「少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
夏乃たちは、人の多い回廊を避けるため、少し先の柱の影まで移動した。
もう月人と冬馬は人ごみに紛れて行ってしまったが、珀は残っていてくれた。
「実はわたくし、あなたの夢を見たのです」
「夢、ですか?」
「ええそう。わたくしは夢で神託をうけるの。夢を見た時は誰だか分からなかったけれど、昨日この王宮であなたを見かけて、どうしてもお話してみたくなったの」
「えっと……それは、どのような夢ですか?」
夏乃は首をかしげた。
「この王宮で良くないことが起こるの。あなたは夢の中で戦っていたわ」
「えっ……」
咄嗟に思い出したのは、
「それは、いつ頃の話ですか?」
「たぶんこれから……近い未来に起こることよ」
「これから?」
普通なら信じられない話だけれど、彼女はこの国の巫女だ。もしかしたら、卑弥呼のような力あるシャーマンなのかも知れない。
「もしかして……この王宮に、月人さまを狙う者がいるのですか?」
「わかりません。わたくしの見る夢は、いくつかある未来のひとつです。神が教えてくださるのは、流れる川の如く変化する未来のひとつだけなのです」
「そう……ですよね」
夏乃は俯いた。
王太后は月人暗殺を諦めていない。もしかしたらこの王宮にも刺客が紛れ込んでいるのかも知れない。
「あなたとお話しできて良かった。わたくしはこの王宮の神殿で育ったから、〈銀の君〉をよくお見かけしていたの。幼いあの方が辛い目にあっていることを知っていたのに、わたくしは何も出来なかった……。でも今は、あなたが〈銀の君〉の側にいてくれる。本当に良かったわ」
美しい巫女はにっこり笑って去って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます