第41話 王太后からの呼び出し
それは、
バタンと大きな音を立てて扉が開き、珍しく血相を変えた
「月人さま! 至急、大広間へ! 王太后陛下がいらしています」
「義母上が?」
月人の顔に笑みはなく、怪訝そうな表情を浮かべている。
昼餉の膳を片付けていた
「王太后さまって、月人さまを狙ってる人じゃ……」
美しい巫女から夢の話を聞いたばかりだ。みるみる不安が大きくなってゆく。
月人は、自分の衣をつかんだ夏乃の手を静かに外した。
「心配はいらない。そなたはここで待っていろ」
月人はそう言って、冬馬と
ひとり残された夏乃は、上の空で食器を片づけた。
片付けながら、
雪夜は、島の屋敷の人間をすべて眠らせて月人を殺そうとした刺客だ。
柔らかくて人当たりの良い見かけとは裏腹に、躊躇せずに人に剣を向けられる冷徹さを兼ね備えた青年だった。
雪夜と対峙した時のことを思い出すと、夏乃は今でも恐怖で背中が強張る。
あの雪夜を刺客として送り込んだ王太后とは、一体どのような人物なのだろう。
「嫌だな……王太后は離宮に居るんじゃなかったの?」
夏乃が月人の侍女から貝割り作業に戻ったのも、今回の都行きを嫌がったのも、すべて王太后の血生臭い事件に巻き込まれるのが嫌だったからだ。
色々あってすっかり忘れていたけれど、月人側の人間にとって、王太后は最も会いたくない人のはずだ。
(何も起こらなければいいけど……)
お盆の上に食器をまとめて立ち上がる。
一階に下りて回廊を歩き、厨房へ食器を返しに行くと、後ろから「ねぇ」と声をかけられた。
振り返ると、美しい朱色の衣を着た見知らぬ少女がいた。夏乃より少し年上だろうか。上品な化粧を施している。
「あなたが夏乃さんね?」
にっこりと微笑む色白の顔。大きな黒い瞳と小さな赤い唇がとても印象的だ。
「そうですが?」
首をかしげながら夏乃が答えると、少女はいきなり夏乃の手を取って歩きはじめた。
「え? ちょっと待って!」
「あなたを連れて来るように頼まれたの」
笑顔で振り返り、少女は夏乃の抗議をものともせずに歩き続ける。
少女の向かう先は、夏乃が足を踏み入れたことのない王宮の奥へと続く回廊だった。
「あの、どこへ行くんですか? 頼まれたって誰に?」
手を振りほどこうとするが、少女の手は夏乃の手に張り付いたまま離れない。
「来れば分かるわ。大丈夫よ、すぐそこだから」
少女はそう言うが、不安は増すばかりだ。
王宮は広い。夏乃が知っているのは、月人の宮と王宮の出入り口、それから五重塔のある中庭と広間だけだ。
奥へ進むにつれて、所々に立つ衛士の数が増えてくる。
「さあ、入って。どうぞ、この椅子に座って楽にしていて。すぐに主人が戻って来ますから」
夏乃が連れて来られたのはかなり豪華な宮の一室で、部屋にある物もどこか異国の香りのする調度品が多かった。実際、甘くて濃厚な香りもする。
(高貴な、女性の部屋かな)
すぐに思い浮かぶのは王妃と王太后だが、どちらがこの部屋の主だとしても嫌な予感しかしない。
少女は部屋の片隅でお茶を淹れている。今なら逃げられる気もしたが、逃げたところで先送りされるだけのような気がして踏み止まった。
やがて、部屋の主が戻って来たのか、夏乃の背後から微かな衣擦れの音が聞こえて来た。
「――――そなたが、夏乃か?」
夏乃の向かい側に座ったのは、鮮やかな紅い衣を着た女性だった。高く結い上げた髪には赤い石の髪飾り。首元には金の管玉と大きな丸い赤い石のついた首飾りをつけている。きっと四十は越えているだろうと思われるのに、その女性はとても美しかった。
(この人はもしや……)
赤い貴婦人の纏う迫力に、額から嫌な汗が伝ってくる。
「王太后さまです」
少女が夏乃の傍らでそう言い、膝をついて両手を捧げるような礼をする。
夏乃も少女を真似て礼をした。
そうしなければならないほどの圧力が、彼女にはあった。
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