第36話 宴


 王宮の宴は、高楼のある広い庭に面した広間で行われた。

 夏乃なつのは、月人つきひとから貰った薄桃色の衣と首飾りを身につけ、 月人の供として冬馬トーマはくの後ろをついて行く。

 広間にはすでにたくさんの人が集い、賑やかに食事を始めていた。


 広間の中央は一段低くなっていて、様々な弦楽器や小太鼓、笛などの演奏と共に、舞姫たちが華やかな舞っていた。

 舞台を囲むように設けられた席は、白珠島の広間と同じく床に直に座る形式だが、分厚い座布団や御軾おんしょくという肘置きがあるので、ゆったりと座ることは出来そうだ。


 舞台の最前列に座る髭面の男たちはこの国の重臣なのだという話だが、酒を飲みながら舞姫を見て鼻の下を伸ばしている姿はオヤジにしか見えない。

 ただ、この中には王太后側の人間もいるらしいので、夏乃は用心深く辺りを見回した。


 中程の席に案内され、薄布を被った月人が席につくと、ざわめきが一瞬収まった。

 夏乃は年配の侍女頭と並んで座の一番後ろに座っていたが、居心地の悪さは伝わって来た。


(感じ悪っ。しかもお酒臭っ!)


 この国のお酒は異国のお酒よりも匂いがきつい。それに、食事が下々の所まで回って来るのは、高貴な方々が食事を終えた頃なので、すきっ腹を抱えた夏乃には二重に辛かった。

 気分を変えようと、夏乃はこの国の王さまを探してみることにした。


(一番偉そうなのは……っと、あれかな?)


 広間の上座と思われる場所に、華やかな衣装を纏った女性と並んで座るヒゲ面の男がいた。自身も煌びやかな紫の衣を着て、ふんぞり返るように高々と酒杯を掲げている。


(あれが、王さまと王妃さまかな?)


 夏乃がぼんやりしていると、頭をポンと叩かれた。


「暇だろ、これ食ってろ」

 ご馳走の乗ったお皿を回してくれたのは、片目を隠したハクだ。


「食べてもいいの?」

「ああ、毒見も済んでる」

「ありがとう!」


 小声でお礼を言うと、夏乃はさっそくご馳走を頂いた。

 野菜や芋の煮込みのようなものと、鶏肉を炙ったようなものが乗っている。食べてみると、どちらも素晴らしく美味しかった。


(やっぱお肉うまぁ!)


 月人に血を提供するようになってからは、ちょいちょい肉料理も食べさせてもらっていたが、大抵は汁物か煮物で、焼いた肉を食べる機会はなかった。

 夏乃はひと口ひと口美味しさを噛みしめた。じっくり噛みしめてから、ようやく隣に座る侍女頭の存在を思い出した。


「す、すみません。ひとりで食べちゃって……」

「いいのよ。若いのだからお食べなさい。そのかわり、食べ終わったら紅を直しておきなさい。そのままでは月人さまの恥となりますからね」


 怖い顔もしないかわりにニコリとも笑わない。侍女頭はいつも最強だ。

「はい」と返事はしたものの何だか食欲も消えてしまい、夏乃は早々に紅を直した。



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