第35話 王宮


 碧海国へきかいこくみやこは思った以上に華やかだった。

 二つの大河が流れ込む入り江にはいくつもの桟橋が設置され、大きな船がたくさん停泊している。その中には異国人と思われる人たちの姿もあった。

 港を囲むように市街が広がり、多くの店が立ち並ぶ通りは人があふれるほど賑わっている。


 目指す王宮は二つの大河に挟まれた高台にあった。

 川から水を引き込んだ堀と、何重もの塀に囲まれた敷地内には、五重塔ごじゅうのとうに似た高楼があり、その塔を囲むようにたくさんの建物が建っていた。


 高床の建物がすべて回廊でつながれた造りは、白珠島しらたまじまのお屋敷と同じだったけれど、白木のままのお屋敷と違って、王宮の建物はみな神社のお社みたいな華やかな朱色だ。


(雅やかさでは、やっぱ比べ物にならないなぁ)


 月人つきひとが兄である王から疎まれていることは、夏乃なつのも知っていた。ただ、それは知識として知っていただけで、実感を伴うものではなかった。

 王都へ来て、この王宮を見た今ならわかる。白珠島のお屋敷は立派ではあるけれど王族の住まいではなかった。使用人の少なさも、あえてそう仕向けられていたのかも知れない。いつでも排除できるように。



○○



 夏乃たちが案内されたのは、小さな庭に面した二階建ての建物だった。

 一階は警備の兵や使用人の部屋にあてられ、月人と側近は二階を使うらしい。


 驚いたのは、割り当てられた宿舎に王宮の侍女が配置されていた事だ。

 月人の宮に入るなり、美しい衣を着た美しい侍女たちがずらりと並んで出迎えてくれたが、彼女たちは冬馬トーマで追い出されていた。


「月人さまの使用人だけでは足りないだろうという王の気配りだろう。つまりは嫌味だ!」

「……はぁ」


 冬馬トーマの言葉に、夏乃はぼんやりとうなずく。

 確かに、月人について来た使用人は夏乃と年配の侍女頭の二人だけで、警備の者に比べると少ない。華やかな衣を着た王宮の侍女たちが手伝ってくれるならきっと助かるだろうとは思うが、命を狙われている月人の近くに、王宮の人間を置きたくないという冬馬の気持ちはよくわかる。


(そう言えば、王さまは嫌がらせが好きなんだっけ……)


 白珠島に来る前、月人たちはこの王宮に住んでいた。きっといろいろと意地悪をされたのだろう。命にかかわらない意地悪なら良いのだが────。


「では、部屋に荷物を置いたらすぐ上に参ります」


 自分の荷物を抱えた夏乃が一階の侍女部屋に行こうとすると、冬馬が夏乃の腕をつかんで引きとめた。


「待て。おまえは二階だ」

「えっ、でも、使用人の部屋は一階……」

「いいから荷物を持って二階へ上がれ!」

「はぁ」


 よくわからないが、夏乃は月人の部屋を囲む小部屋のひとつをもらった。


 月人の部屋の窓からは、港に向かって広がる都の街並みがよく見える。

 夏乃は月人の衣装を葛籠つづらから出しながら、煌めく二つの大河と港町の風景に見とれていた。




 陽が落ちると、美しい衣を着た侍女が宴の時刻を告げに来た。


 着替えを終えた月人に、冬馬が青い薄布を被せている。

 花嫁さんのベールを青くしたようなそれを、夏乃はじっと見つめた。


「やっぱり布を被るんですか?」

「出過ぎた口をきくな。おまえは言われた事だけしていれば良いんだ」

「……はぁい」


 冬馬に強く言い返されて、夏乃はすぐに引き下がった。

 月人は普段からほとんど人前に出ない。呪詛で黒犬にされていたからだと思っていたが、人の姿に戻ってからもあまり御殿から出たがらなかった。


 王都への旅の間も、月人はたびたび薄布を被っていた。それは御殿から船までの移動や船室の外に出る時などで、使用人の目を気にしているという。

 貝割り作業をしていた時に聞いた噂──〈銀の君〉は布で顔を隠している――という話は本当だったのだ。

 

『月人という名は人に非ずという意味だ』


 いつか聞いた月人の声が脳裏によみがえる。

 夏乃が思うよりもずっと、月人は他人ひとの目を気にして生きてきたのだと思うと、少し悲しくなった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る