第六章 碧海国の王都

第34話 御座船


 早朝に出発した船は、青空の元、順調に航行していた。

 月人つきひと御座船ござぶねは王弟の船にふさわしく贅をこらした豪華船で、同じ木造の帆船でも、夏乃なつのが白珠島に来るときに乗ったオンボロ船とはまるで違っていた。

 初めて乗る豪華帆船に、夏乃は大はしゃぎだ。


「ご機嫌だな。王都に行くのがそんなに嬉しいか?」


 大きな影がぬっと現れた。振り返ると、ハクが立っていた。


「まぁね。王宮に行くのはちょっと怖いけど、王都に行けば帰る方法が見つかるかも知れないじゃん。こういう世界なら呪術師だっているかも知れないし。ワクワクするよ!」


「ははっ、あんまり期待しすぎてヘコむなよ。みやこは広いが、おまえの国に帰る方法を知っている者などそうはいまい」


「それくらいわかってるよ」


 夏乃はプクッと頬を膨らませた。

 珀が思うほど夏乃だって楽観視している訳ではない。ただ、ここ数日その事ばかり考えていたせいで、元の世界のことが気になって仕方がなかった。


 祖父は元気にしているだろうか。行方不明になった夏乃を心配するあまり、身体を壊していないだろうか。

 それに、時の流れが同じなら、夏休みもそろそろ終わる────。


 もちろん王太后の件があるから、帰る方法が分かったからと言ってすぐには帰れない。それでも、帰る方法を探すことは夏乃にとって最重要課題なのだ。


「なぁ、おまえが望めばもっといい待遇で働けるんだぞ。ここで暮らすのも、俺は悪くないと思うぞ」

「そうかも知れないけど、家族が心配してるんだもん……」


 夏乃が珍しく弱気を見せたせいか、珀はなぐさめるように大きな手で夏乃の頭をぽんぽんと叩く。

 不器用だが、珀は優しい男だ。


「ねぇ、珀たちは異国の人なんでしょ? 島に来た異国船は、珀たちの故郷から来た船なんでしょ?」


 色々あって、聞くタイミングを逃していた。


「ああ。俺の故郷っていうよりは親の故郷だけどな。

 俺たちの親は、彼らと同じ異国の商人や船乗りだったんだ。遠い西国から何年もかけてこの東国までやって来て、交易をしていたらしい。

 月人さまのお母上、セレーネさまが先王陛下に見染められて側室になった時、俺たちの親はセレーネさまを守るためにこの国に残った。今はその子供である俺たちが月人さまを守っている」


「それじゃ、珀もこの国で生まれたの?」

「ああ。俺はこの国から出たことはない」


 珀の言葉が、夏乃には「国を出るつもりはない」と言っているように聞こえた。


「セレーネさまは船長の娘であり、航海の守り神のような存在だったらしい。だから俺たちの親は、守り神を異国にひとり残すわけにはいかなかった」

「そっか。そう言えば、月人さまも神々しい方だものね」


 王太后に命を狙われていなかったとしても、この国には密やかな異国人差別があるのだろう。そんな国に、大切な人を残して去ることは出来なかったのだ。


 子供の世界にも大人の世界にも、意地悪な人は必ずいる。そこに権力が絡んでくれば、それに追従する日和見の人たちが加わって大ごとになったりする。

 夏乃は思わずため息をついてしまった。


「あんまりウロウロしてると、また冬馬トーマさまに怒られるぞ。そろそろ月人さまのそばに戻っておけよ」

「うん」


 珀に笑顔で手を振ってから、夏乃は月人の船室へ足を向けた。

 上下に揺れる甲板を歩きながら、ふと足を止める。

 周りを見回せば、見えるのは青い空と陽の光を受けてキラキラと光る波だけ。

夏乃が初めてこの世界に来た時と同じ風景が広がっていた。


(そう言えば、あたし、船の上に転移したんだっけ。もし珀の船が通りかからなかったら……海に落ちて……た?)


 ふと湧いた疑問に、夏乃は思わずブルッと肩を震わせた。


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