第26話 消えた衣


夏乃なつの、こっちこっち!」


 戻って来た冬馬トーマに黒犬になってしまった月人つきひとを任せた夏乃は、御殿を出たところで睡蓮すいれんから声をかけられた。

 侍女部屋の前で睡蓮が手を振っている。睡蓮の横には侍女頭がいて、侍女部屋の中に向かってあれこれと指示を出していた。


「どうしたの?」


 夏乃が駆け寄ると、睡蓮は口元に手を当てて夏乃に囁いた。


「実はね、ころも部屋から侍女の衣が一枚なくなっていたらしいの」

「それって盗まれたんじゃ……」

「たぶんね。でも、一応みんなが多く持っていないか、侍女頭さまが確かめてる所なの。夏乃も用意して」

「わかった」


 夏乃は自分の部屋に入り、葛籠つづらの中から予備の侍女服を取り出した。

 侍女の衣は二枚ずつ支給されている。今着ているものの他に、洗い替え用に各自もう一枚持っているのだ。

 侍女頭はそれを確認したうえで、部屋の中にもう一枚隠し持っていないか隅から隅まで調べたのだが、どこからも余分な衣は出てこなかった。


「やっぱり、誰かが盗んだんですよ!」


 夏乃がそう言うと、侍女頭は冷たい視線を夏乃に向ける。


「別の仕事の者がころも部屋に入ることは簡単ではありません。すべての使用人の持ち物を調べましたが、どこからも出て来ていません」


「衣を盗んだのは、きっと雪夜ゆきやを地下牢から逃がした人ですよ。使った衣は燃やしてしまったんじゃないですか? 証拠隠滅のために」


「夏乃ぉ、怖いこと言わないでよ」


 鈴音すずねが情けない声を上げる。


「だって、そうとしか思えないじゃん!」


「もう一度聞きますが、あなた方の中で衣を持ち出した人はいませんか? 正直に話せば罪は軽くなりますよ」


 侍女頭の言葉に夏乃たちは顔を見合わせたが、誰も名乗り出る者はいなかった。



 〇     〇



「嫌ぁな感じよね。お屋敷中が犯人捜しでピリピリしてるみたい」


 夕飯の粥と魚の煮物を食べながら、鈴音がうんざりした顔をする。


「仕方ないわよ。雪夜の行方がわからないんだもの。また〈銀の君〉が襲われるかもしれないんでしょ?」


 睡蓮はそう言って、夏乃に同意を求めて来る。


「まぁね。でもさ、侍女の衣が盗まれたことで、雪夜の他に女の刺客がいることがわかったのは良かったんじゃない」


「でも、誰だかわからないのは同じじゃない。そんな人がこのお屋敷の中にいるのかと思うと、あたしは気が気じゃないわ」


「そりゃそうだけどさ」


 夏乃と睡蓮が刺客について言い合いを始めると、波美なみが静かに立ち上がった。


「あたし、お腹の調子が悪いから、先に部屋に戻るね」


 波美はよほど具合が悪いのか、紙のように白い顔をしていた。


「あ、うん。大丈夫?」

「片付けはやっとくからいいよ」


 声をかけると、波美は弱々しくうなずいて食堂を出てゆく。


「大丈夫かな?」

「酷いようだったら、夏乃の薬をあげてね」

「うん、そうだね」


 座ったまま波美を見送った三人は、つかの間のおしゃべりタイムを惜しむように、ゆっくりと食器を片づけ始めた。

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