第24話 干しナツメと謎の侍女
その夜は、侍女四人で湯殿へ行った。
お屋敷の広い湯殿で温かい温泉に浸かっていると、
回廊を通って侍女部屋へ戻る途中で、ふいに睡蓮が足を止めた。
「夏乃に、話しておきたい事があるの。お庭に行きましょう」
睡蓮は夏乃が答えないうちに、広い庭の中央にある池のほとりまで歩いて行くと、そこでしゃがみこんだ。
「雪夜の話なんだけど」
夏乃が隣に座るなり、睡蓮はそう言った。
「……あたしね、思い出した事があるの。夏乃は、門番のおじいさんを知ってる?」
「うん、たまに見かけるよ。お屋敷の衛士は若い人ばっかりだけど、ひとりだけお年寄りだから目につくんだよね」
「ええ。あの事件の後、その人が食堂でしょんぼりしてるのを見かけたの。干しナツメを食べたことをすごく後悔していたわ。だからあたし、慰めるつもりで少しだけ話をしたんだけど……おじいさんに干しナツメを渡したのは
「……え?」
夏乃は一拍おいてから、ハッと息をのんだ。
「鈴音か波美か……それとも、侍女の格好をした別の誰かか」
「睡蓮、それっ、誰かに話した?」
「話してないわ。その時は、汐里が誰かに頼んだのかもって思ってたから」
睡蓮はキュッと唇を噛みしめる。
「でも、今は違う。雪夜の脱走を助けた人が、使用人の中にいるのよ。あの人たちは、きっとまた〈銀の君〉を殺そうとするわよね?」
「……うん。雪夜はまだ、諦めてないと思う」
汐里を殺した犯人はもちろん憎いけれど、それだけじゃない。このまま捕らえられなければ、彼らはきっと、再び月人を殺そうとするだろう。
夏乃は雪夜と戦った。謎の侍女も当然、そのことを知っているだろう。
ぞくり────と背筋に悪寒が走った。
見知らぬ相手にいきなり切りかかられたら、さすがに対処のしようがない。
「夏乃、大丈夫?」
「ああ……うん、大丈夫。雪夜の仲間って、いったい誰なんだろうね?」
「わからないわ。でも、探せば、汐里以外の人から干しナツメを貰った人がもっと見つかるかも知れない。夏乃、手伝ってくれない?」
「もちろん! でも、誰が雪夜の仲間かわからないから用心しようね」
「ええ」
夏乃と睡蓮は手を取り合って頷き合った。
その帰り道。
夏乃は炊事場の裏で、薪と一緒に転がっている壊れた槍の柄を見つけて、思わず拾い上げた。
「これ、貰っていいかな?」
「いいんじゃない。でも、そんなものどうするの?」
「うん。ちょっと鍛えようかなって思って」
睡蓮は首をかしげていたが、夏乃はその棒を井戸水できれいに洗って部屋に持ち帰った。
〇 〇
翌朝。
早朝の裏庭で、夏乃は昨夜拾った棒を両手で持ち、剣道のように振り下ろした。
ビュッ、ビュッと棒を振るたびに、空気が唸る。
次は片手でクルクルと八の字を描くように降ってみる。ブンブンと唸りを上げながら加速してゆく棒を、いったん空に放ってから受けとめる。
(うん、いい調子)
思いつくままいろいろな動きを試しているうちに、体がスムーズに動き出す。
構えから振り、突き、手足の動き、様々な動作がまるで一つの流れのようになってくるが、毎日道場で練習していた時に比べるとやはりぎこちない。
「やっぱり、毎日やらないとダメだな」
手の中の棒を見ながらつくづくそう思う。
「夏乃、朝から勇ましいな。どうしたんだ?」
見回りをしていたのか、槍を持った珀が回廊の上でニヤニヤしている。
「べつに、ちょっと鍛えようかなって思っただけ」
「おっ、いいな。相手をしてやろうか?」
珀はそう言うと、槍を肩にかけたままひらりと回廊から飛び下りた。
「え、いいよ。どっか行く途中だったんでしょ?」
「見回りを終えたところだ。遠慮するな」
「いやいや、遠慮はしてないし。あたしは素振りだけでいいの」
「何を言ってるんだ、素振りだけじゃ強くなれないぞ。ほら、構えろ」
槍の穂先に布をかぶせた状態で、珀はビシッと突いてくる。
夏乃は仕方なく珀の槍を受けた。
月人の身辺警護をしているだけあって、珀は大きな体に似合わず俊敏な動きをしている。ほんの十分ほど手合わせしただけで大量の汗が噴き出し、夏乃はヘトヘトになってしまう。
「やっぱり筋がいいな。毎日鍛錬すれば、夏乃はすごく強くなるぞ。仕事が終わったらまたやろうぜ。じゃあな」
「珀、ちょっと待って!」
夏乃は珀の袖をつかんで引きとめた。
「あのさ、汐里を捕らえた時の話なんだけどさ、干しナツメを汐里に貰ったって証言はどのくらい集めたの?」
「何だいきなり……そうか、雪夜のこと聞いたのか」
珀は急に苦々しい表情を浮かべる。
「うん。だけど、あたしが聞きたいのは汐里の件だから。もし全員から聞いてないんだったら、もう一度聞いて欲しいんだけど」
「夏乃、この話はまた後でだ」
珀は夏乃の質問には答えずに、さっさと消えてしまった。
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