第23話 首飾り
(
雪夜の脱走と、その手助けをしたであろう謎の人物の存在。どう考えても、牢内で死んでいた
夏乃は考え事をしながら歩くうちに、いつの間にか
ハッと我に返り、あわてて振り返ってみるも、二人の兵は何事もなかったように夏乃に背を向けている。
(うそっ……あたし顔パス?)
(あたしが、侍女のふりをした間者だったらどうするんだろう?)
階段の手前で考え込んでいると、ちょうど通りかかった
「月人さまにご挨拶したら、まずは何をしましょうか? お掃除ですか?」
「いいから、さっさと入れ」
なぜか冬馬はいつもよりも不機嫌だった。夏乃を月人の部屋に案内すると自分は出て行ってしまう。
(ずいぶん機嫌悪いなぁ)
首をひねりながら前を向くと、長椅子に座る月人の姿が見えた。こちらはわざとらしいほどの微笑みを浮かべている。
「夏乃、ここへ座れ」
彼はにっこり笑ったまま、自分の向かい側の椅子を指さす。
「はい」
夏乃は言われるまま、月人の向かいに腰かけた。
目の前のテーブルを見ると、びっくりほど豪華な首飾りが置いてあった。薄緑色の管玉が連なる首飾りの中心に、存在感のある透き通った紫色の石が収まっている。
「すごい豪華な首飾りですね。どうしたんですか、これ?」
艶のある白絹の上に丁重に乗せられていることから見ても、首飾りが高価な物であることは明白だ。
「これは、私からそなたへの贈り物だ」
「え? こんな高価な物もらえませんよ。そもそも、どうしてあたしに贈り物?」
首飾りから月人へ視線を向ける。
宝石と同じ色の瞳と目が合った瞬間、とんでもない考えがパッと閃いた。
(まさか! あたしのファーストキスを奪った代償、とか?)
もちろん口に出して確かめる勇気はない。
「これは私の気持ちだ。そなたに受け取って欲しい。そして、常にこの首飾りを身に着けていて欲しい」
月人は懇願するようにそう言った。黒犬の姿だったら、きっと耳を垂れてクゥンと鳴いているだろう。
正直に言えば、夏乃はこの顔に弱い。けれど、「気持ち」なんて中途半端な理由でこんな高価な物は貰えない。
「あたしは、自分の意志でここに来た訳ですし、お気遣いならいりませんよ。それに……こんな大っきな宝石のついた首飾りをつけて、あたしに掃除しろって言うんですか? はっきり言って邪魔になるし、みんなにも変に思われます」
夏乃がきっぱり断ると、みるみるうちに月人の顔からは笑みが消え、シュンとうな垂れてしまった。ただ、諦めてはいないのだろう。口がへの字になっている。
「ならば、懐にしまっておけばいいだろう? 知っているぞ。そなたは、懐に銀を隠し持っているだろう?」
「ええっ、何で知ってるんですか?」
夏乃は思わず、両手で襟の合わせを押さえた。
まさか自分が気を失っている間に、月人が襟元を広げて見たのではないかとつい疑いの目で見てしまう。
月人は口をへの字にしたまま答えた。
「以前、珀から日当を貰っているのを見た……」
「ああ、なんだ。そっか」
思わず勘繰ってしまったが、不埒な真似はしていなかったようだ。
ホッと安堵の息をつく。
「今ここで、銀を入れている袋にしまっておけ」
月人は首飾りをつかんだ手を、夏の前にグイッと差し出してきた。
「えっ、今ここで、ですか?」
「そうだ。珀の前で出来るなら、私の前でも出来るだろう?」
月人の目がいつもの半分くらいに細くなっている。
(なにを怒ってるんだろう?)
夏乃はしぶしぶ懐からポーチを取り出した。
花柄模様のポーチはチャックで開閉する楕円形で、内布で仕切られたポケットにはハンカチやティッシュと一緒に銀の小粒が入っている。
「では、お預かりしておきます」
少し考えて、ハンカチで首飾りを包んでからポーチの中に入れた。本当はテーブルにある白絹も貰いたかったが、さすがに口には出せなかった。
ポーチを懐にしまい込むと、ずっしりとした重みが胸にのしかかった。
「それでよい」
満足げにうなずく月人を見て、夏乃はため息をついた。
結局、例の件を聞き出すことが出来ないまま、月人との対面は終わってしまった。
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