第18話 汐里の処遇


 雪夜ゆきやが斬られる瞬間を見て気を失ってしまったのだろう。気がつくと、夏乃なつのは侍女部屋で寝ていた。


 夢ならいいのにと思ったけれど、そうではなかった。

 厨房や使用人の食堂へ行けば、月人つきひと暗殺未遂の話で持ち切りだった。幸い、夏乃がその場にいた事は伏せられていたらしく、何も聞かれることはなかった。


「夏乃、異国のお客様が帰ったら、貝割り作業に戻るって本当?」

「うん。最初からその約束だったし、ここは物騒だからね」


 不安そうな睡蓮すいれんに、夏乃は淡々と答えた。


 本当は、冬馬トーマから正式に月人の侍女になるよう言われたが、夏乃は断った。

 目の前で雪夜が殺されたことが、夏乃の心に重くのしかかっていた。


 月人を守るためには仕方なかった。ハクが来てくれなかったら自分も殺されていただろう。

 そう思っても、だめだった。簡単に人を殺したり殺されたりするこの世界を夏乃は受け入れることが出来なかった。


 この屋敷から出れば、月人に血を提供することも簡単には出来なくなるが、月人は夏乃を止めなかった。異国の客が帰れば、黒犬の姿に戻っても構わないとまで言ってくれた。


 貝割り作業は待遇は良くないが、平和な仕事場だ。


汐里しおりもいなくなったのに……淋しくなるわ」

「うん。汐里はどうなるんだろうね?」


 汐里は投獄されている。

 雪夜に騙された可能性もあるが、睡眠薬入りの干しナツメを配ったのは彼女だ。


「きっと……戻っては来られないわね」


 睡蓮に返す言葉が見つからない。

 この世界にはこの世界のルールがある。例え使用人や警備兵に干しナツメを渡しただけでも、重大な罪に問われてしまう。


 結果的に暗殺者を連れて来てしまった異国人の船長は、すっかり気落ちしてしまったらしい。

 宴の予定をすべて遠慮して、白珠島の名産品である真珠と紫の布を言い値で買い取り、明日には出港するという話だ。そのおかげで夏乃たちには暇な時間が出来たけれど、とても喜ぶ気にはなれなかった。



〇     〇



「おい、夏乃!」


 裏庭を歩いていると、珀がやって来た。あれから珀を見ると、どうにも複雑な気持ちになる。


「なぁ、本当に戻るのか? 貝割り作業の建物には湯殿はないぞ」

「そんなのわかってるよ。海岸の温泉に行くからいいもん」


 片目の偉丈夫が近づくと、無意識に一歩下がってしまう。


「夏乃、おまえがいなかったら、月人さまの命はなかっただろう。おまえの棒術は大したものだったと月人さまも言っている。ここにはおまえが必要なんだよ」


 逃げても逃げても、珀は執拗に夏乃に迫ってくる。


「だから、あの時は、たまたま干しナツメが嫌いで食べなかったから──」

「干しナツメを食べなかったのがおまえじゃなくただの侍女だったら、月人さまの命はなかった!」


 何を言っても言い返されて、夏乃はうんざりした。


「それなら珀が、飲まず食わずで月人さまに張り付いてればいいじゃない!」

「これからはそうする。冬馬さまも反省していたよ。夏乃には直接言えなかったみたいだが、おまえに感謝してた」

「ふーん、そう。それなら、二人が飲まず食わずで側にいれば、もういいよね?」


 夏乃は珀の前から逃げ出したが、がっちりと腕をつかまれ一瞬で引き戻された。


「おまえ、あれから俺を避けてるだろう? 俺が怖いのか? 俺があいつを殺したと思ってるんだろう?」

「えっ、違うの?」


 夏乃は振り向いて、珀を見上げた。


「殺したら、誰に指図されたか聞き出せないだろ? 逃げ出せないくらいの怪我をさせただけだ。今は地下牢にいる」


 珀は少しだけ得意げな顔をする。


「そう……だったんだ。で、何か聞き出せたの?」

「まだだ」

「聞き出せたら……どうするの?」


 夏乃はじっと珀の目を見つめる。


「まぁ、生かしてはおかないだろうな」

「同じじゃん!」


 プイッと前を向き、夏乃はもう一度逃げようとした。が、まだ腕をつかまれたままだったので一歩も動けなかった。


「ねぇ、放してよ!」

「月人さまがおまえを呼んでいるんだ」


 珀はそう言うと、夏乃を片手でひょいと脇に抱えて歩き出す。


「ちょっと、下ろしてよ! 珀!」

 じたばたと暴れる夏乃を脇に抱えたまま、珀は月人の御殿に入って行った。








  

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