第15話 異国からの客
井戸水を手桶に流し込みながら、
昨夜は
冬馬が苛立っていたのは、
おかげで冬馬からは床と柱をいつもの三倍磨けと命じられ、冷たい雑巾がけに精を出しているところだ。
「睡蓮、大丈夫かなぁ?」
昨夜、お腹の薬と水差しを持って、夏乃はお屋敷の外にある納屋へ走った。
「よっこらしょっと!」
手桶を持ち上げた時、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると睡蓮が立っていた。顔色はまだ悪いが、きちんと髪も結っている。
「睡蓮、もういいの?」
「ええ。その……ちゃんとお礼を言ってなかったと思って。ありがとう」
「うん。治って良かったね」
夏乃がうなずくと、睡蓮はもじもじしながら仕事に戻って行った。
〇 〇
異国の船が港に着いたという知らせが来たのは、翌日の昼近くだった。
異国の客人は三十人ほど。それでもまだ船に残っている人たちがいるというのだから、本当に大きな船なのだと感心しつつ、夏乃は船に残ってくれた人たちに感謝した。
客人用の建物は大から小まで十部屋ほど。少ない使用人たちではお茶を出すのも一苦労だ。何しろ、ほとんどの客は言葉が通じないのだ。
五人の侍女たちで何とかお茶を配り終え、使用人の食堂に戻って来た夏乃は、大きなため息をつかずにはいられなかった。
(よく考えたら、何であたし、この国の人たちと普通に話が出来るんだろう?)
「お疲れ、そっちのお客様はどうだった?」
お盆を抱えて睡蓮と
「うん、話しかけられて困ったよ。言葉が通じないんだもん」
夏乃はぐったりと食堂の椅子に腰を下ろした。
「汐里のところに通訳の人がいたのよ。ね、汐里」
「ええ。すごく親切な方だったわ。背が高くてなかなか男前でしたわ」
汐里はすっかりポーッとなっている。
「ふーん」
「夏乃って、本当に殿方に興味がないわね」
「べつに、いいじゃない」
夏乃を含めた五人の侍女たちは同じくらいの年頃だ。そのせいか、食堂で顔を合わせると自然にそういった話になる。
調理場の誰それがカッコイイとか、白珠取りの男の人の体が引き締まっていて素敵とか、まぁいろいろである。
(あたしが気やすく話せるのは、
「異国人って若い頃はカッコイイけど、年取ると髭もじゃで嫌よね」
「確かにそうね。船乗りって荒くれ者っぽいし」
いつの間にか異国人の話になっていたが、これには夏乃も同感だった。
「船長さんもすごい髭だったよ」
「嫌よねぇ。毎晩宴だなんて、お酒飲んで暴れたりしなきゃいいけど」
「本当ね」
侍女たちはみんな心配していたが、宴で暴れるような客はいなかった。
三十人の客たちはいくつかのテーブルに別れて異国の言葉で語り合い、勝手に盛り上がってくれた。
ちなみに異国の酒だという赤ワインのようなものは、彼らが樽ごと持ち込んでくれたらしい。
大広間の上座にあたる場所には、月人や
(月人さまでも、あんな顔して笑うんだな)
きっとこの商人たちは、月人の母親と同じ国の人間なのだろう。
そう思うほど、彼らはまるで久しぶりに会った親戚同士のようだった。
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