第二章　臨時侍女の役割

「夏乃（なつの）、ちょいとお待ち！」

　翌朝、仕事場へ向かおうとする夏乃を、小太りおばさんが呼び止めた。

「おまえは今日から、上のお屋敷に貸し出すことになった。今すぐ身の回りの物を持ってお屋敷に向かいな」

「えっ、そんなのいつ決まったんですか？」

「昨日の夜遅くだよ。つべこべ言ってないで早くお行き！」

　バシッと箒のようなものでお尻を叩かれ、夏乃がしぶしぶ坂の上のお屋敷に向かうと、お屋敷の門前で冬馬（トーマ）と珀（ハク）が待っていてくれた。

〇　　　　　〇

「おまえの部屋はここだ。着替えが用意してあるから、着替えたら大広間へ行け。侍女頭が待っている。そちらの仕事が終わったら御殿へ来い。月人さまの仕事をしてもらう」

　御殿の近くにある平屋の侍女部屋に案内され、冬馬から説明を受けた。

　三白眼の冬馬はいつもよりいっそう不機嫌で、早口で説明を終えると目を三角にしたまま去って行ってしまった。

　夏乃はその場に残っていた珀を見上げた。

「あたし、冬馬さんに嫌われてるよね？　何でこっちの仕事に貸し出されたの？」

「近々異国の客が来る予定なんだが人手が足りなくてな。おまえには月人さまの侍女をしてもらう。まぁ……あのお姿だから、客にどう対応するかは月人さまもまだ迷っておられるんだが」

「まぁ、あの姿じゃ会えないよね。で、あたしはどんな仕事をするの？」

「おまえは本当に物知らずだな。侍女と言えば身の回りの雑務をする者だろう。まあ一番重要なのは、異国から来た客をもてなす宴での食事の上げ下げかな」

「ああ、それなら出来るかも！」

　ファミレスでのバイトを思い浮かべて、夏乃はホッと胸をなで下ろした。

　用意された部屋に入って着替えてみると、侍女のお仕着せは格段に良いものだった。貝割り作業の紺色の着物は、厚地だがゴワゴワしていて着心地が悪かったけれど、侍女の着物は軽くて手触りが良いのに暖かい。

　何よりも、色が目にも優しい淡いオレンジ色なのが気に入った。

「夏乃、着替えたか？　ああ、良く似合ってるじゃないか。うん、これなら大丈夫だ。さあ、大広間に行くぞ」

　お屋敷の中央にある大広間は大きな長方形の平屋で、幅の広い廊下がぐるりと建物の周りを囲んでいる。

　大広間には年かさの侍女頭と若い侍女が四人いて、夏乃が到着するなり大広間の掃除が始まった。

　だだっ広い大広間とそのまわりを囲む廊下の拭き掃除は、一日がかりの大仕事で、慣れない着物のせいか夏乃は手足がガクガクだった。

（きっと明日は筋肉痛だな）

　回廊を歩きながら腰をさすったが、侍女の仕事は悪いことばかりではない。

　使用人食堂では美味しい粥と魚の煮物が出たし、侍女頭の話によれば使用人が使うお風呂もあるらしい。

　正規の侍女たちは、貝割り作業場から来た夏乃を怪訝な目で見ていたが、待遇としてはめちゃくちゃ良い。

　数日後には異国人の客がやって来て、夜には歓迎の宴があるらしい。

（まあ、頑張るしかないか！）

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