第5話
案内されたのは冒険者がよく滞在に使う長期契約できる宿。
ホテルというより、旅館のような見た目。
受付には綺麗な女性が帳簿のようなものを広げ立っていた。
「あら、レイ。今日は早い帰りなのね」
「ああ。悪いが、残り十日一人増えるんだが空きはあるか」
「珍しいわね、二人部屋ね」
「ああ」
「丁度今日空いたから問題ないわよ。
でも、二人部屋って……珍しいわねぇ、レイが一人じゃないなんて」
仲が良いのか、女性は引き出しから鍵を取り出すとカウンターに置く。
「金貨三枚」
「今日から護衛の仕事なんだ」
「護衛?」
「そうだ」
下から上にかけて目線を向けてくる女性になんだか居心地が悪い。
レイさんは荷物の中から小さな麻袋を出すと、そこから金貨三枚を取り出してカウンターに置く。
それと一緒に今まで使っていたらしい鍵も置いて、新しい鍵を手に取る。
「じゃあ、お連れの方もここに名前をお願いします」
「あ、はい」
言葉は話せたりするけど、書くこともできるのかな。
少し不安に思いつつ、立てられていたペンを手に取りノートに手を添える。
先に泊まっている人の名前も読めるから、多分書けばいいんだよね。
少し震えるけど書かないことには始まらないしペン先をノートにつけて、名前を書いてみた。
私の目から見たらちゃんと書けているけど、他の人が見た時どう見えるか。
不安になりつつ、顔を上げると綺麗な女性は「ミヤコね」と特に何のリアクションもなくノートを閉じた。どんな理屈なのこれは。さすが魔法ある世界……。
「ねぇー、ミヤコ」
「はい」
「レイが護衛って、どうやって口説き落としたの?」
「……はい?」
カウンターから身体を乗り出し、女性がニンマリして聞いてきた。
口説くも何も、レイさんから護衛してくれるって言ってくれたんだけどね。
「レイって黙ってれば色男じゃない?
商人ギルドの女性とかは護衛を必要としてるから、結構人気なのよレイって」
「そうなんですか」
「冒険者ギルドからは人気ないけど、それ以外からは結構人気者なの」
確かに、顔は整ってる。
黒髪短髪で爽やかだし、鼻高いし、身長高いしスラっとしてるし。
イケメン俳優って感じ。モテそう。
冒険者ギルドからは人気ないっていうのがなんか事情ありそうだけど、そこは別に興味ないからいいや。
「黙ってればって、お喋りなんですか?」
「口数は少ないわよ。ただ、口開くと結構口悪いのよ。女性相手でもね」
「そうなんですね」
まだ少ししか話してないから分からない。でも確かに口数は少ないし無表情だから何考えてるのかわからない。
「無駄話するな。行くぞ」
「あ、はい」
「何よ、つれないわね」
頬を膨らませる女性が可愛らしくときめいてしまう私と違ってレイさんは特に反応も無く二階に部屋があるらしく、階段を登るレイさんに慌てて着いていく。
「ミヤコ、何かあったら私に言ってね!」
「あ、ありがとうございます」
綺麗な女性は手を振りながら笑顔で言ってくれる。
後で名前を聞かないと。
そんなことを思いながら二階につくと、該当の部屋の前でレイさんは止まると鍵を開ける。
中はベッドが二つと机が一つ、そしてソファーが一つ。
ビジネスホテルくらいの広さ。
というか今更だけど、同じ部屋なんだ。
「あの、同じ部屋ですか?」
「金がないからな。安心しろ、何も持ってないお前から盗みなどしないし襲うつもりもない」
「別にそんな心配はありませんけど……」
心配してるわけじゃないけど、今日初めて会った男性だからさすがに気まずい。
だからってお金がないのに別々にしてとも言えないし。
「それより、まずはポーションを作ることだ」
「はい」
荷物をソファーに置いたレイさんは机の上に麻袋を置く。
椅子が二つあるため、そこに座るともう一つの椅子に座るよう言ってきた。
素直に座って麻袋から材料を取り出して机の上に並べる。
ついでに道中拾った薬草などもアイテムボックスから出して、瓶なども並べる。
「需要があるポーションはどれになりますか?」
「初級が一番需要がある。
とはいえ、効果などによって値段も変わる。初期費用として上級は何本があった方がいいだろう」
「わかりました」
とりあえず作ってみろ、ということで何本か作ってみることになった。
相変わらず鑑定で薬草とか見るとすり潰して水に混ぜるしかなくて、難しいこと分からない私には助かるけどこれでいいのかチート能力とも思ってしまう。
そりゃ私も苦労したくないし、楽したいからこれはこれでいいんだけど。
作っている間、レイさんはポーションの種類について説明をしてくれた。
初級ポーションと一括りにしているけど、種類は様々で値段も銅貨五枚ほどから買えるものもあれば、銀貨二枚ほどかかるものもあるそう。
通貨について聞けば、日本の百円が銅貨一枚のようだった。
日本に近い世界観にして良かった。
腹痛や頭痛などを抑える薬は大体銅貨七枚程度。
日本でも大体七百円くらいからだから、物価は似てる。計算し易くて助かるこれは。
「十日で金貨三枚追加ということは、日割りにすると銀貨三枚ですね。宿は大体これくらいなんですか?」
「長期間借りる場合安くなる。一日のみは銀貨五枚前後だ。
街にもよるが、村などはもう少し安くなる」
「なるほど」
「ギルドに入っていればもっと安くなる。十日なら金貨二枚くらいだ。あくまでギルドのある街のみだが」
「そういえばさっき冒険者ギルドにも入った方がいいと仰っていましたけど、ポーションを売るなら商人ギルドでいいんじゃないですか?」
冒険者の仕事は必要はないだろうし、鑑定のおかげで材料もすぐとれそうだし。
レイさんは出来あがったポーションを手に取り瓶を上下に振りながらギルドについて説明をしてくれた。
冒険者ギルドと商人ギルドは切っても切れない仲で、冒険者が魔物から素材を取ってきてくれるから武器や防具を売れる。
冒険者は商人ギルドが素材を各加工屋に卸してくれるから必要なものを購入できる。
そのため、ギルド同士が厳重に制約などをつけバランスを保っているらしい。
それはいいんだけど、だったらなおさら私が冒険者ギルドに加入する必要はないと思うんだけど。
「俺が元冒険者だからな。護衛とはいえ、何かあった時に口を挟めない。
そうなると、お前のポーションに群がる奴らから守れない」
「冒険者ギルドに入ると、その制約というのがいい意味で働くと」
「そうだ。どちらにも悪巧みする奴がいるからな。
その間に入るのがギルドだ。強引な勧誘などあったらギルドが間に入ることもできる」
「そうなんですね」
細かい制約はいいとして、一人旅の人は両方入ることはよくある話らしい。
パーティー組んでる人は一人商人ギルドに加入させたり。
「ところで、あんたの作るポーションは効き目が良すぎる。薄めることはできないのか。
詳しい作り方はあまり知らないが薄めたりすることもあると聞いたことがある」
「まだ試したことなくて。ちょっとやってみます」
ドロドロしたポーションをスポイトみたいな道具もあったからそれを使って一滴新しい小瓶に垂らして水を入れ薄めてみる。
なんとなく、見た目が冒険者ギルドで見た初級ポーションに近くなった。
鑑定でステータスを見てみる。
名前:初級ポーション
効果:腹痛、頭痛
副作用:痒み
効果:一日
薄めてみたけど、初級ポーションって出たからいけそう。
一滴だけでこれって、相当じゃないこれ。
じゃあ、少し増やしてみよう。今度は五滴垂らして、水を入れ薄めてみる。
名前:初級ポーション
効果:腹痛、頭痛、腰痛
副作用:発疹
効果:一日
腰痛が追加された。
五滴でこれなら、次はその間の三滴。
名前:初級ポーション
効果:腹痛、頭痛
副作用:痒み
効果:一日
今度は一滴と変わらない効果。
となると、五滴で効果が変わるってことか。
これは、ボロいというか、確かにコスパの良さが凄い。
薬草と水でドロドロにして、あとは水で更に薄めるだけでできてしまう。
しかも自分の体調が悪くなるとかもない。一時間作るの集中すれば相当作れるわけで。
「一滴のやつは腹痛や頭痛に効果あるみたいです。
五滴垂らしたこっちは腰痛が追加されてました。
それと、多分効く時間だと思うんですけど、一日って出てますね」
「それくらいの効果なら一滴の方は銅貨六枚、五滴は七枚はいくな。
特に腰痛は需要がある。畑仕事や大工など腰を痛める者は多いからな」
「確かに、力仕事が多そうですね」
となると、腰痛に効く初級ポーションは沢山作った方が良さそう。
あまり効果高すぎるのも金額が高くなるだけだし。
「そうだ。平均給金は金貨何枚になりますか?
レイさんの給金も視野に入れて計算したいんですが」
「平均はないが、護衛もピンキリだな。旅は多少危険になる分少し高くなる。
金貨二十五枚くらいが妥当だろうな」
二十五枚となると、正社員くらいかな。保険とかないから手取りで。危険な仕事なんだからもっと高いと思ったんだけどなぁ。
となると、初級だけじゃ賄えないからある程度上級ポーションとかも売っていかないとダメだ。
私の生活費もあるし、月にどれくらい必要だろうか。
「トータルで月にどれくらいの稼ぎが必要ですか?」
「ギルドにも税があって、それぞれ三ヶ月に一度金貨二枚納める必要がある。それを考え、金貨五十枚はあったほうがいいだろう。
ポーションの瓶や材料費を考えればもっと必要になる可能性もある」
「五十枚かぁ……」
税金がかかるのは予想してなかったわけじゃないし、三ヶ月に金貨二枚なら良心的なのかもしれない。
保険のようなものらしい、依頼中に大怪我したらある程度治療を受けたりすることもできるとか。あとは本来国に入る時に税金を払う必要があるけど、それは免除されるみたい。
会員費みたいなものかな。
うーん、と悩んでいるとレイさんが少し驚いた表情を浮かべる。
「まさか、本当に俺に二十五枚渡すつもりか?」
「え?」
「言われたままの金額を払うつもりなのか?」
「まぁ、二十五枚なら妥当かと。むしろ命を守っていただくには少ないかと思いますし、そこは護衛していただき徐々に上げていきたいと思います」
いつまで護衛してくれるか分からないけど、半年に一回くらい金額を上げるか決めていこうかな。
お金のことはちゃんとしないとね。
「あんた、あまり素直に聞いてるとそのうち全財産取られるぞ」
「え、もしかして二十五枚って多いんですか?」
「……いや。護衛してる者としてはこれくらい欲しいのが本音だが、相場はかなり下だ」
「そうなんですね。でも、物価を聞いたら二十五枚はいいと思うので、それでいいです」
レイさんに二十五枚の給料、宿代は冒険者ギルドに入ってれば銀貨五枚前後を想定して、十日で金貨五枚。一人につきじゃなく部屋代になるみたいだからそれはかなり助かる。それを三十日分で十五枚。
食費は物価が似ているなら金貨五枚は余裕を持って考えたいからやはり金貨五十枚は稼ぐ必要がありそう。
結構キツイなそうなると。
ここは一発二ヶ月分くらいの余裕もてる金額を初期費用として稼ぎたい。
「レイさんのお給料は月終わりにお支払いします」
「分かった」
「念のため契約書を交わしたいんですが、こういうのはどうすればいいですか?」
「ギルドマスターに契約書を作ってもらおう。商人ギルドで護衛を雇ったと伝えれば契約書を作ってくれるが、めんどくさいからな」
契約書を作っておかないと、後から揉めたら困るし助かる。
「この世界にあるポーションで最高クラスの効果ってなんですか?」
「特級ポーションだな。死者蘇生でなければ大抵の病や怪我を回復する。材料も手に入りにくいが難病とされる病も治せると言われている。
ただし不治の病には効かない。
効果にもよるが平民や冒険者ではなかなか払えない枚数の金貨が必要になる」
「材料集めるの難しいんですか?」
「運が良ければ商人ギルドが保管していることもあるが数も少ないからかなり高くなるし、無ければ自分で集めるしかない」
特級ポーション。名前からして相当凄そうなのは分かる。大量に作るとバランスとかも崩れそうだけど一般人じゃ払えないようだから割となんとかなるかもしれない。
まだどれくらい薄めれば良いとか試す時間がほしいし、上級ポーション作って初期費用に回したいかも。
あと材料があれば特級ポーションも作れる可能性がある。
「レイさん相談です。多分その特級ポーションも材料さえあれば作れます。
なので初期費用として、がっつり金貨を確保したいです。
あとは生活に必要な服などを購入したいのでそれ分も確保したいです」
「最低この十日で確保したいってことだな」
「はい。一応大きいアイテムボックスがあるので、あればあるほど助かりますが」
「特級ポーションを売るにしても、実績があんたにはないからな」
確かに、まだ何も売ったことがない私が特級ポーション売りますって怪しすぎる。
かといって、チマチマ初級売ってたら二人分の生活費を賄えないし、費用は大事。
もう、ますますお願い事する時にお金頼まなかったこと後悔してしまう。
「あんたは初級と中級を中心に作ってくれ。上級はとりあえず数本でいい」
「え?」
「俺は少し出てくる。鍵は閉めていくが、訪問があっても出るなよ」
「は、はい。分かりました」
「一応受付には言って行くが万全じゃない。訪問があっても絶対に出るなよ」
「分かりました」
レイさんは腰を上げると、荷物を取り部屋を出てしまう。
別に護衛だからってずっと一緒にいる必要もないから出かけるのはいいんだけど、話の途中なのに。
仕方ない、言われた通りポーションを作るしかないか。
とにもかくにも、量を作らないと売ることはできないし作ろう。
しょっぱなからチート能力があるとはいえお金の心配が必要になるなんてね。
レイさんの説明を聞いていて思ったのは、今のところ悪い印象はない。
受付をしている女性の反応を見るに、評判も悪くなさそう。冒険者には嫌われてるみたいだけど。
淡々としてるけど、元々コミュ力もないから寧ろ落ち着いて話せて助かる。
仕事で護衛してもらうわけだから友達とはいかないけど、楽しくなるといいな。
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