第2話 

 


 結局私はどうなったのか。夢から早く覚めてほしい。

 なぜ死んだのかも分からないまま神様っぽい人が願い事を三つ叶えようなんて出てきて三つ願い事をお願いしたわけだけど、夢ならもうちょっと続いてほしい。

 サワサワと頬がくすぐったく、パチリと目を開く。

 青空に白い雲が流れている風景が目に映る。


「……ここは」


 土と草の匂いが鼻をかすめ、心地よい風が頬を撫でる。

 思考はまだ停止中。ただ流れる雲を眺めているだけ。

 夢か、夢なのかこれは。ゆっくり指先に力を込めると、人差し指が曲がる。


「……って、夢にしてはリアル!?」


 一気に身体に力が入って起き上がる。

 周りを見るとそこは草草草。草だらけ。これって、草原って言えばいいのか、まぁ草原みたいな所。

 草と土の匂いがリアルだし、試しに草を摘んで引っこ抜くとブチッと音がして根っこと共に抜けた。

 一気に冷や汗が吹き出し、背中を伝う。

 やばい、これ夢だよね?リアルな夢ってだけだよね?

 そりゃ夢ならって真剣に願い事も言ったけど夢だと思ってた。

 いやまだ夢の可能性はある、あると思いたい。

 ベタな方法だけど、一回自分の頬を思いっきり引っ叩いてみる。大きな引っ叩く音と、少しずれてジンジンと痛みと熱さが頬に伝わる。


「……痛い」


 痛い、つまり夢じゃないかもしれない。

 今まで夢を見たことあるけど、完全に覚えてないしそもそもこんな自由意思を持ったことない。

 それも含めて夢の可能性もあるけど、さすがにそれは現実逃避しすぎな気がする。

 まずは落ち着こう。ここで慌ててもどうにもならないから落ち着こう。

 思いっきり深呼吸をして、一回立ち上がってみる。

 自分の姿が見えないけど、全身触ってみる。

 ほんの少し期待したけど残念なことに胸も大きくなってるわけでもなく。身長は地面の高さから見て低くもなく高くもなく、正確なところは分からないけどこれはまた後で確認してみよう。

 髪は少し長め。摘んで見ると色は茶色。

 あとは鏡があれば顔も見れるけどこれも後で確認。

 次に生活が豊かになるセットでお願いしたアイテムボックス。

 これはどうやって使うのだろう。神様!使い方を教えて下さい!わかりません!これじゃ豊かになりません!

 使い方が分からず、天に向かって祈ると左手の人差し指にはまっていた指輪が光り出す。


「な、なに!?」

「アイテムボックスはその指輪を通して開かれる。左手を出せばオープンする。

 お前は開けと念じないと開かないから安心していい。

 その他、鑑定は頭で鑑定と思えばできる。では、楽しいスローライフを」

「え!?神様!これからも」

「接触は禁止されている。では」


 どこから話してるのか頭に響いた声は相変わらず感情のない声で。

 淡々と説明をしたあとは何度呼びかけても反応はなく、途方に暮れた。

 とりあえず、この指輪がアイテムボックスということらしい。

 左手を出せばって、とりあえず指輪の宝石みたいなものを上に手を動かすと、空間が歪み丁度顔くらいの大きさがある黒い空間が浮かび上がる。

 もしかしてこれがアイテムボックス。これに手を入れても問題ないのかな。中がどうなってるのか気になるため一旦手を突っ込んでみると空間になっているのか握って開いてを繰り返すも何か掴むこともない。

 少し二の腕もすっぽり入るよう奥まで進めてみると無限に広がっているのか壁のようなものには当たらなかった。

 試しに足元に生えている草をちぎってアイテムボックスに無造作に放り投げて、今度は中が見えるようにのぞいてみると、放り投げた草に膜のようなもので包み込まれふわふわと浮かんでいた。


「……こわっ。浮いてる」


 ふわふわ浮いているため今度は浮いてる草を掴んで外に出すと膜は消え草がそのまま出せた。

 今の時点でわかるのは、この中に入れると膜のような物で包まれて浮かんでるということ。

 よく中を観察していると石のすり鉢と栄養ドリンクくらいの大きさをした空き瓶が何本か膜に覆われ浮かんでいる。もしかしてこれってポーション作りの道具かな。でも結構奥の方にあって手を伸ばしても届きそうにない。


「……どうやって取るのこれ。

 こっちこーい……そこのすり鉢こっちこーい」


 そんなので取れるわけないと思いつつ声に出して言ってみるとすり鉢の膜がふわふわと手に近づいてきた。

 これって感動するところ?怖がるところ?

 魔法はまだ目にしてないけど魔法のある世界なんだからあまり深く考えないようにしよう。

 とりあえず容量とかは後々確認することにして、一旦確かめたので今度は閉じ方の確認をしようと、広げていた手をとりあえず握ると黒い空間が消えた。

 なるほど、アイテムボックスの開き方と閉じ方はとりあえず分かった。

 次にポーション作成能力を確認しよう。

 なんかさっきアイテムボックス以外に鑑定とか言ってた。鑑定ってよくあるチート能力?つまり、相手の情報が見れるってことなのかな。

 頭で鑑定と思えばいいの?

(鑑定)

 そう頭に思い浮かべると、目の前に小さなウィンドウのような画面が出てきた。

 そこには私の名前と職業。

 そして、体調:という項目の三種類が映っていた。

 これだけ!?魔法ある世界だからウィンドウが出るのは驚かないけど、この三種類だけって役に立つのだろうか。

 ガックリ肩を落とし目線を下に下げた時草にもウィンドウが浮かび上がってる。


 種類:薬草

 名前:初級ポーション

 効果:腹痛、腰痛、頭痛

 副作用:吐き気

 作り方:すり潰し、水で合わせる


 もしかして、これ鑑定すればポーションの材料がわかるってこと?

 しかも効果とかも出てるし、もしかして鑑定ってこっちが本命?

 これ凄い便利。

 ただ、これだけじゃどうにもできない。ポーションをどうやって作るのだろう。

 すり潰して水で合わせたら初級ポーションができるらしい。そんな簡単でいいんだ。

 とにかく色々試す必要があるから鑑定をしたまま薬草をアイテムボックスに入れていく。

 あとは水場を探して、まずは作る。

 あまり歩きたくないけど、かといってこんな草原のど真ん中にいるのも怖いし。

 しばらく歩きながら、道に生えている草など鑑定すると結構種類がある。

 毒消し草とか、麻痺草とか。

 とにかくポーションになる草は手当たり次第アイテムボックスに詰め込んでいく。

 魔物がいるし、毒消しとか麻痺とかもあるんだ。

 時計がないからどれくらい経ったのか分からないけど、しばらく歩いていると森があり勘で進んでいくと、知ってる匂いが鼻をかすめる。少し湿った泥臭い匂い。

 この匂いは水だ。さすがに足が疲れてきたし天の恵。

 匂いする方へ急ぐと、水の流れる音が聞こえてきて走ると景色が開ける。

 川だ、川だ。水だ水。

 やったー、と走ってまずは水を飲んで潤いを!とか思っていたら、面白いくらいわざとらしく岩陰に倒れているような人影があり思わず足が止まる。

 動きはない。というか、なんか様子がおかしい。

 これ逃げたほうがいい?いや、もしかしてこれ願い事の出会いの可能性ない?

 だってこんな分かりやすく誰かと会うことある?異世界系でこの出会いは鉄板だし、どう出会うかまでは知らないわけよ。

 よくヒロインやヒーローに出会う時ってピンチの時だし。

 どうしよう、これはどうするべきなの。

 オロオロしつつもゆっくりその人影に近づいていくと男性が仰向けになって倒れている。


「うっ……」

「怪我してる!?」


 男性は呻き声を出す。よく見れば石に血がついていて、服も汚れているし、怪我をしてるみたい。

 これが出会いかは後にして、救急車なんか呼べないし、どうしたらいいんだろう。

 オロオロするしかない私は鑑定で体調が見えていたのを思い出し、頭の中で鑑定を浮かべると男性のところにウィンドウが出た。


 名前:カルロ

 職業:無職

 体調:骨折、熱、麻痺、擦り傷

 効果あるポーション:初級ポーション

 骨折:中級ポーション


 見える。この人の怪我の内容が。

 それに道中で拾った草の中に熱を下げるやつと麻痺と擦り傷を治すポーションが作れるのを拾った。確かそれには初級ポーションって出てた。

 骨折は無理だけど、まずはできることをしないと。効果あるポーションまで出るのかなり助かる。

 アイテムボックスから薬草などを取り出して、すり鉢ですりながら川の水を足していく。

 というかこれだけで作れるわけ。チート能力とはいえ、これはありなのか不安になる。

 ええい!とにかく今は作ってあの人を助けよう。

 熱を下げるポーション、麻痺を治すポーション、軽い切り傷を治すポーションが出来上がり瓶に詰めていく。

 出来上がったらすぐに倒れている人に駆け寄る。

 これ、どうやって使うの。飲ませる?ふりかける?


「……あ、あのー、すみませんー、ポーション作ったんですけど使い方わからなくて」

「……っポー……ション?」

「あっ、喋れますか?麻痺に効くポーションあるんですけど、これ飲めますか?」

「……動け……ない……んだ……麻痺……口に」


 なんとか震える唇を動かして途切れながらも懸命に声を出す男性。

 ポーションを飲ませようとしたところで、手が止まる。

 今、怪我と麻痺してるからこの人は動けない。改めて見ると鍛えてるのか身体は大きい。腕は丸太のように太いから麻痺が解けた瞬間掴まれたら逃げられない。

 切り傷とは別に顔にも傷があるし、これ大丈夫なの。

 願った出会いかもって思ったけど違った場合は大丈夫なのか。

 職業無職って出たし、ゴロツキの可能性もあるわけで。

 こんなヒョロヒョロで、力もない私。どうしよう。

 でももうポーションあるって言ってしまったし、アイテムボックスや鑑定も本当にあったし出会いであると信じていいのかな。

 さすがに危機感なさすぎじゃないのこれ。知らない星に来て、知らない人を助けてってフラグじゃないのこれ。

 どうしよう、どうしよう。


「……おれい……は……する……たのむ」

「っ……」


 か細い声に心臓が早く鳴る。

 紫色になった唇、真っ青な表情ですがるような目を向けてくる。見てしまった以上放置はできないし、出会いと信じてポーションを飲んでもらうしかない。

 男性の後頭部を手で支えて、口元に麻痺が治るポーションを注ぐ。

 コクコクと喉が動き、飲み終わった頃後頭部を支えていた手が軽くなりそのまま男性は起き上がる。


「……動く」

「良かった……これは熱を下げるポーションです。あとどの程度効くか分かりませんが擦り傷に効くはずのポーションです」

「良いのか?」

「はい」


 助かる、と男性は渡したポーションの飲み干すと顔色が良くなり、軽い擦り傷が塞がっていく。

 凄い、こんな風に塞がるんだ。じわじわ傷が塞がっていく感じがすごい。

 飲み終わったあと、男性は突然私に向かって頭を下げてきた。


「助かった!」

「い、いえ。ただ骨折はポーションの材料がないので申し訳ないですが」

「いや、十分だ……麻痺さえ治ればあとはなんとでもなるからな。

 すまない、今手持ちがなくてだな」

「あっ、いえ結構です。試作品なので」


 麻痺も無くなり熱が下がったためか、ハキハキ話す男性は本当に助かった、と微笑んだ。

 悪い人じゃなさそう。

 あとは、これが出会いなのかってところなんだけど。


「君、ここで一人なのか……?」

「え?あ、えっと」

「この森は魔物が沢山いるんだ。護衛とかいないのか」


 ここで一人と素直に答えるべきか。見たところ、男性は武器らしき物は持っていない。でも、魔物が沢山いるのに丸腰も変じゃないの。人のこと言えないけど。

 何かそれっぽいことをでっちあげないと。まだ完全に気を許したらダメな気がする。世界が違えば価値観もかなり違うかもしれないし、一定の距離間は保っておかないと。


「旅をしています。その途中水を補給しようと思ったらあなたが倒れていて」

「そうだったのか……いや本当に助かった。魔物に武器なども壊され丸腰になったあげく麻痺をかけられ死ぬかと思ったよ」

「そうだったんですか……」

「君は命の恩人だ。もし良かったらこの森を抜けた先にある国が拠点なんだ。そこまで丸腰とはいえ護衛ついでに送らせてくれないだろうか」


 なるほど、武器は壊されてしまったんだ。

 ただ、街には行きたいし色々聞きたいから護衛は助かる。やっぱりこの人が願い事の出会いの人なのかも。筋肉モリモリだし強そうだから。


「すみません、是非お願いします」

「ああ。俺はカルロ、君は?」

「私はミヤコです」

「ミヤコだな、よろしく!」


 白い歯をにッと見せて笑顔を振りまくカルロさん。

 これは出会いかもしれない。

 願い事を叶えてくれる神様ありがとうございます。


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