第4話 夏祭りの金魚
「私」の住む町では、夏の終わりに祭りがある。この町で行われる数少ないイベントの一つだ。
誰にも誘われなかったが、何となく原付に乗って一人で行ってみた。
思っていたよりも人が多く、なれない人ごみに少し戸惑いながらも、何とか目的の屋台へはたどり着けた。焼き鳥屋だ。「私」は、祭りに来たら必ずこれを食べる。焼かれたばかりの肉がたまらなく美味いのだ。
このように、気ままに一人で祭りを楽しんでいたら同じ授業を受けている友人が誰かと並んで歩いている姿を見かけた。いや、その人は友人ではなく「私」が、片思いをしている人だ。少しばかりドキドキとしたがそれは次の瞬間に消え去った。
こちらの姿が見つからないようにこっそりと覗いてみてしまった。
その人の隣にいたのは、甚平を着た男性であった。女性の方も浴衣を着ている。これはもう、そういうことだろう。
たとえ、一瞬目が合ったとしても女性は気にも留めないとわかっていた。「私」は、女性からしたら記憶に無いような存在だ。それはわかっていた、それでも、二人とすれ違う瞬間、絶対に見つからないよう、背を丸めて人ごみに紛れてやり過ごした。先程とは、別の意味でどきどきとした。
二人と通り過ぎてから、先ほどまでのように祭りを楽しんだ。楽しんだのだが、楽しみ切れない。二人のことがずっと心に残ってしまう。気になってしまう。
その女性は、数か月の間、同じ授業を受けていただけの人で、その時に何となくいいなと思うくらいの人で、毎日、毎晩思い続けていたわけではない。
それでも、片思いをしていると自覚をしていただけに苦しい。自分が付き合えると思っていたわけでもないが、現実を見せられると辛い。
祭りの終盤、金魚の屋台を見つけてなんとなく金魚掬いをした。すぐにポイが破けて、一匹も掬えなかった。屋台のおっちゃんは屋台を閉じる直前だったこともあり、そんな「私」を見かねて三匹もサービスしてくれた。
正直いらなかったが、おっちゃんの勢いに負けて貰ってしまった。この金魚に原付置き場までの道中に出会った子供が興味を持ったようだったのであげようとしたが、親御さんが手を引いて、スッとどこかへ行ってしまった。
もう、この金魚を持って帰るしかなくなった。家には金魚を飼う準備も無く、ホームセンターもしまっているが、どうしようもなくなり、原付のハンドルに引っ提げて持って帰ろうとした。
気づいたら、いなくなっていた。おそらく、どこかの曲道でハンドルを傾けたときに落ちてしまったのだろう。金魚たちはこんな最期を迎えるとは思っていなかっただろう。可哀そうに。
次の日に、家から数百メートルほどの道路の端に、車に轢かれて潰されたであろう金魚たちの死骸がいた。「私」の予想は当たってしまっていた。まあ、外れていても、生きてはいなかっただろう。この金魚たちが死んでしまったのは「私」の不注意が原因だ。
「私」は、その場所を通り過ぎた数秒後には金魚たちのことは忘れて、普段通り原付を運転していた。
そういえば、昨日のことを思い出すと、金魚のことばかりで、片思いをしていたことは忘れていた。
轢き潰された金魚は「私」の心を表しているといってみたかったが、それは少し難しかった。
この二つのことを無理やりに繋げてみると、金魚たちは、道路の染みとなって残り、片思いは心の染みとなって残るだろうということくらいは共通しているかもしれないと思うことはできるかもしれない。
何度も「かもしれない」となるような薄い共通点だ。床にできてしまった薄い染みのようである。
別のことに気を取られるとすぐに薄れていくような染みでも、染みであることに違いはない。普段は忘れていても、ふとした拍子に思い出すだろう。
正直、この思いは「私」が、自分自身に酔っているだけなのは重々承知しているが、そう思わずにはいられない。
「私」は、自分にこうして酔うことが好きだからこんな性格をして、こんな暮らしをしている。癖でもあるから最期の時までやめることはできないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます