第6話 遅刻厳禁 ~遅刻の王様が嫌ったもの~
この高校は遅刻にとても厳しかった。学校全体でも遅刻三回で欠席一日の扱いにすると指導されていた。担任のO先生はそれに輪をかけて遅刻に厳しかった。
「時間を守れねえということは、約束を守れねえということだからな。約束を守れねえやつは、信用されねえということよ!」
それでも遅刻ばかりする奴もいた。札幌市の郊外に住む剣道部のハジメは「遅刻の王様」と呼ばれていた。彼はバスを乗り継いでくるので1時間以上も通学にかかるらしいのだが、札幌市内でもいろんな場所から通ってくるやつらばかりなのでそんな奴はいっぱいいたし、千歳や小樽や江別など札幌近郊から通ってくるやつだっていた。
「剣道部ってそんなに時間にだらしなくてもいいのか。武士道が泣くだろ。お前、今度遅刻したらボンズだからな。」
担任のO先生は彼に厳しかった。
「ハジメ、剣道で試合開始は『ハジメ』って言うんだろう」
よくそう言ってO先生は彼をからかっていた。それはO先生の愛情のかけ方でもあった。
この年の秋、珍しく台風が北海道を直撃し、札幌に大雨が降った。その台風は短時間に予想以上の雨を降らせ、豊平川は珍しく警戒水域に達するまで増水した。支流の川は各地で氾濫し、道路が冠水したところも、住宅地に水が押し寄せたところもあったという。
翌日になっても、通学中に見える創成川にはたくさんの水が流れていた。創成川は普段はほんの少しの水量しかない川なのだ。バスの中の高校生たちは、これも珍しいことに長靴を履いている生徒までいた。そんな中いつもより少し遅めに学校に着き、教室に行くとなんとこれこそ珍しいことに、あの「遅刻の王様」ことハジメがもうすでに登校していたのだ。
やってくるクラスメートたちは教室に入ってくるたびに驚きの声を上げている。中でも一番驚いたのはO先生だった。
「ハジメ、お前、花畔のほう冠水してるって言ってたぞ」
ハジメは、今回の台風で一番被害の大きかった花畔(ばんなぐろ)から通ってきていたのだ。
「いや、じいちゃんが、ボート出してくれたんで、じいちゃん早起きだから」
それを聞いたO先生はものすごく感激して、本当に涙ぐんだのだ。生徒の前で涙を見せた先生を私は初めて見た。他の生徒たちも初めてだっただろうし、予想外のことだった。
ハジメの家は少しだけ土台が高くなっていたので浸水は免れたのだそうだが、家の周りは本当に川のような状態だったらしい。そんな時は休めよと言われたハジメは、前日まで二日続けて遅刻していたので三日目はまずいと思って無理して登校したのだという。
「お前、そこまでボンズになりたくないのか?」
O先生は少し気持ちを和らげようと言ったのだが、ハジメは本気になって大きくうなずいていた。その日以来、「ハジメはいいやつだ」というO先生のことばが教室に響き渡ることになった。
ところがそれから間もなくして、ハジメは坊主頭で登校してきた。あの台風の日以来、遅刻はほとんどしていない。ハジメ自身もO先生も、その件については何も言わないでニヤニヤ笑うだけであったが、剣道部の仲間の話では、どうも「もや(タバコ)」じゃないかという話だった。
ボンズが嫌であの洪水の中でも遅刻せずにやって来たはずのハジメでも、やっぱり高校生のいろんな誘惑の中で勝てないこともあったのだ。そして、それ以来ハジメは卒業するまでボンズ頭のままだった。
先生たちとどんなやり取りがあったのかは知らないが、ボンズ頭のハジメは二段位に合格し、剣道部のエースになっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます