第3話  路面電車 


 通学は札幌の象徴でもある路面電車を待つことから始まる。路面電車は地下鉄の開通に合わせてその数を減らしていく運命にあったが、この年までは、市内を路面電車が縦横に走っていた(というほどでもないか)。まず中心になる線は今でも残されている西線(にっせん)と呼ばれる系統。大通り西4丁目から西へと向かい、当時の交通局前を左折し南へと向かい、藻岩山ロープウェイ下の南21条から旧教育大学前を通り、南21条橋の手前から北上し薄野を終点とする系統(すすきの線とも呼んでいたようだ)。逆回りのものもあり、もともとは環状線だったという。また、現在は再び環状線として復活しているのでどちら周りでも一周することができる。もう一つは、円山公園の入り口から丸井今井デパートの前を通り一条橋までの直線。さらに、北海道大学前の通りを地下鉄南北線と平行に走っていた系統もあった。当時はこの3種類が残っていた。そしてその翌年には西線(大通り4丁目とすすきのを結ぶ)以外は廃止されてしまった。


 私は藻岩山の麓近くにある西線16条の停留場から乗り込む。南16条西15丁目にある停留場だ。そして2023年で無くなってしまった大通り西4丁目の「4プラ」こと「4丁目プラザ」の前が終点である。そこから出来たての地下街を通りテレビ塔の下から大通公園に出て、NHK(ここもすでに場所を変えてしまいました)の裏手を歩いていくと、ちょうど時計台のある一角の裏側に当たるところに高校へ向かうバスの停留場があった。藻岩山、路面電車、大通公園、地下街、テレビ塔、時計台と、札幌の町を象徴するものたちを毎日目にしながら通学していたことになる。


 緑色の路面電車はいつでも混んでいた。オレンジ色のカバーで覆われた横向きのシートはいつもびっしりと人で埋まっていた。通学時間には一度も座っていた記憶はないが、白い輪っかのつり革につかまりながら、町の様子を目で追うのが楽しみでもあった。自分の生まれ育った田舎の町では見ることのできない商店街の連なりが「都会」で生活しているということを実感させてくれた。大きなビルの看板が次々に車窓を流れるようにして路面電車は進んで行った。停留所ごとにエアーを噴出するブレーキ音を聞いていると、自分のこれからの人生がどんなふうになるのかも想像できないまま、何だかわからないけれど、何かが自分を待っているような思いが湧き上がってくるのだった。

 そうやって終点の4プラ前に到着すると、満員の人に押し出されるような形で路面電車から「地上」へと排出された。


 6時50分の路面電車に乗り、バスから降りて高校の門をくぐると7時45分。そのまま教室にはいかず部室へと向かう。プレハブ2階建てのナンバーキーを回すと、目いっぱい濃い男の汗の臭いに迎えられる。こうして高校での一日は始まった。

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