第28話

「あ、私ここで降りるね」

「はいよ」

 あれから談笑は続いたがナツメが降りる駅か近づいてきたためそこでお開きとなった。

「桜ちゃん。今日は来てくれてありがとね」

「こちらこそ。楽しい時間を過ごせました」

「桃。ちゃんと送ってあげるんだぞ!」

「はいはい。分かったよ」

 コイツも実は厄介リスナーなんじゃないだろうか。俺達の降りる駅が同じだということを知らないのにこういう発言をしやがる。

おかげで心臓バックバクだ。

「そんじゃねー」

 俺たちに言いたいことだけ言って、ナツメは電車を降りていった。嵐のような人物だ、とその背中を眺めながらふと思った。

「ちゃんと送ってくださいね?」

「そりゃどーかな。女神様の護衛が俺に務まるとは思えんけど」

 ナツメが居なくなった瞬間、女神様の微笑みは崩れてニヤニヤと俺を見つめていた。

「にしても、今日はお疲れだったな」

 大半がナツメのせいで予想外の騒がしい日になってしまっただろう。水泳部に属す者として申し訳なく思ってしまう。

「楽しかったので大丈夫ですよ。学校でも歌神様とお話できましたし」

「もう無いからな。こんな機会」

 俺の言葉に反応して彼女は抗議の目線を送ってくるが、視線を逸らすことで受け付けないという意を示す。

 今回は本当にイレギュラーだった。まさか彼女が水泳部に来るなんて有り得ないと思っていたからな。

 彼女とて、俺の意見に否定的なわけではない。俺らの関係が知られれば面倒になるのは確実だし、予想だが最近の彼女には「推しに迷惑をかけるわけにはいかない」という思考も追加されていると思う。というか、その考えによって俺と話したい欲を抑えているのではないだろうか。

 だからこそウチに来ることは無いと安心しきっていたのだが、まさかナツメという意外な伏兵によって窮地の危機に立たされることになるとは思わなかった。

「以後気をつけます」

「んーや、気にすんな。今回に関しては例外だった。俺も清水さんの判断は正しいと思う」

 ここで不自然に断るなんてことをすればどうなっていたか。何も無いと信じたいが、彼女の影響力は計り知れない。お互いに不利益になることがあるかもしれなかった。

 ナツメも暇を持て余した女神様への配慮も含めての提案だっただろうし、これに関しては誰も悪くなかったと思う。

 彼女も楽しめたようだし、こういうのもたまにはアリなのかもな。

「そーだ。日曜日のこと決めちゃおうぜ」

「にちようび?」

 周囲を確認して問題無いと判断した俺はそう提案したのだが、何故か彼女はキョトンとした顔をしていた。

「ほら、ご褒美の件だよ」

「え、でも私まだ順位を知らせては……」

「一位なんだろ。テスト後の顔的に」

 あの時は満足気な顔をしていたし、きっと一位を取れていなかったら彼女の気分はどん底にまで落ちていたことだろう。流石にのれは自意識過剰かな。

「バレていましたか。お恥ずかしいところをお見せしました」

「気にすんな。一位なんは嬉しいことだろ」

 彼女は普段通りの様子だが、普通一位というのは大変喜ばしいことである。もっと騒いでもいいと思うのは俺だけだろうか。

「そういう貴方はどうなんですか?」

「俺の事はいいだろ別に」

「ダメです。私だけ知られるのは不公平です」

 彼女に関しては結果が分かりきった戦いだっただろうに。不公平もクソもないだろ。

「はいはい。二十九位だ」

「ということは……ご褒美ですね!!」

 なんで嬉しそうなんだよ、というツッコミは心の中にしまっておく。

「頑張ったんですね。すごいです」

「何もしてないけどな。たまたま山が当たったんだ。運が良いんだか悪いんだか」

 彼女は嬉しそうにウキウキしているが、正直ご褒美なんて思いつかない。彼女ほど高い順位を取っているわけでもないしな。

「で、ご褒美はどうするんですか?」

「なんも決めてないな」

「……欲の無い人ですね」

 不満げに俺を見つめる彼女に、おかしくてつい笑ってしまった。

「何でお前が不満気なんだよ。そっちからしたら何も無いのが一番楽だろ」

「それはそうですけど。褒められることですからトコトン褒められるべきです」

 といっても、ご褒美なんてこれまでの人生で貰ったことがないし、今は特に欲しいものも無い。困ったもんだな。

 どんな要求をされるのか興味津々といった彼女を見て、俺は後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべてしまうのだった。

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