第29話

 ご機嫌な女神様の好奇心マックスな視線から逃げつつ、俺たちは家に帰宅していた。

 一度女神様は自分の家に帰り着替えなどを済ませてこちらに合流、それまでに俺も着替えるという流れだ。

 インターホンが鳴ったので扉を開けると、そこにはスウェットに短パンというラフめな格好をした女神様が立っていた。

「どそ」

「お邪魔します」

 毎日来てくれるのは何気にとても有難い。ある程度作業を進めて部屋を出るとそこには絶品料理が並んでいる。そんな生活最高以外の言葉が出ないだろう。

 元々サボり癖がある俺だ。飯を食べない日なんてザラにあったし、食べるとしても出前で頼んだものとかになってしまう。

 一応一人暮らしということで料理は出来るが、めんどくさがり屋がやるわけない。

 そんな生活をしていた俺が毎日温かい食事を取れることになるとは思わなかった。

 申し訳ないけど、彼女がやりたいと言ってくれたことだし、当分は甘えさせてもらおう。

「んじゃ、作業してくるわ」

「出来たらお呼びしますね。作業頑張ってください」

 エプロンを着てキッチンに立つ女神様に声をかけてから、防音室に篭もる。

「よし、今日も声出していこう」

 今日やるのは、主に収録だ。

 俺はそこそこ投稿頻度が高い方なのだが、それはつまり収録する回数も多いということになる。なので俺の作業の大半はこれだったりする。

 勿論収録は楽しいため苦だとは思わない。といっても俺の武器である高音を出す曲は大体しんどいのだが。

 トラックを何十個と作り、オケに合わせて歌声を出していく。ライブと違ってこれは修正が効くため、どちらかといえば歌い方やニュアンスに関してこだわりながら収録する。

 歌みた動画の収録では、基本的に歌詞を細かく切り分けて何回も撮り直す。その中で良かったテイクを切り貼りして一曲として完成させるのだ。

 今回歌っている曲は、合成音声を使用した人間離れした最高音を持つ曲だ。

 しかし人間離れしている、というだけで不可能というわけではない。俺も何とかといった感じではあるが、最高音には届いている。

 人間という生物は面白いものだ。と少し喉を潤わせながらふと考える。

 誰が「馬鹿みたいに高い曲作ろうぜ」なんて考え始めたのだろう。そしてそんな奴の出現に合わせて「なら歌えるようになってやる」なんて考えた奴も現れてしまって、しかも本当に出せるようになったのだ。面白くないわけが無いだろう。

 まだ先は長いと思うが、いつの日にか超音波を出せるような人間が現れるのではないだろうか。いや、流石に無理かな。

 そんなことを考えながら、ご飯が出来るまで収録を続けていくのだった。


 ◇◇◇


「よし、良い感じですね」

 作っている料理を更に盛り付けると、納得のいく形になっていたので満足して頷く。

「そろそろ呼ばないとですね」

なんてことを呟きながら、私は彼の居る防音室の扉を見つめる。

 大体一か月くらい前、あの扉が開いていたからこそ私は彼と出会う事が出来た。そう考えると、最近のライトノベルにありそうな奇跡の出会いだ。

 それ以降、私から接触していることが多いのだが、それでも彼は優しく接してくれている。今なんて、彼の家に上がってご飯を作るようにまでなった。

 彼のことだ。きっと私が嫌になるまでこの関係を続けてくれるだろう。だから私はそんな彼に甘えることにする。桜桃さんの力になれるのなら、それは本望だ。

 他の人から私達はどう見えているのだろうか。こうやって男の人と関わることが少なかったため、距離感というものが分からない。

 今度ナツメちゃんにでも聞いてみようかな、なんて考えたが、すぐにその案を却下する。あの子のことだ。きっと深くまで追及されてしまうだろう。それに察しが良い彼女のことだ。彼とのことだと気づいてしまうかもしれない。

 光月さんには驚かれたが、実は私達は去年からの知り合いである。クラスメイトというやつだったのだ。といっても、私からはあまり話をしたことがない。基本的に彼女からコンタクトしてくる、といった場面が多い。

 今日だってそうだ。私が暇を持て余している時に彼女から「水泳部に遊びに来ないか」と提案してきてくれた。それで光月さんには気苦労をかけてしまったと思うが、許しを得たので考えない事とする。

 水泳部の皆さんは、良い人ばかりだった。先輩さんや後輩ちゃん達とはあまり話せなかったが、私が居ても練習中はそちらに集中していたし、ナツメちゃんの制止による力なのか分からないが、急激に接近してくるような人は居なかった。

 まあ、光月さんに対する嫉妬の視線は多かったが、それは彼に対処してもらおう。

「光月さん。ご飯できましたよ」

 ノックをすると、少し疲れ気味な彼が出てきたので料理が出来た旨を伝える。すると、一気に彼の顔が明るくなった。

 彼に料理を振る舞うにようになってから分かったことなのだが、多分彼は食べることが好きだ。毎回ご飯の時には好物が出た小学生のような顔をしているし。

「ありがと。助かる」

 疲れが吹っ飛んだかのようにニコニコと笑う彼を見て、私も笑みを零すのだった。

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