第22話
「あんま反応すんなよ」
テスト最終日の翌日、俺は料理中の清水さんに向かってそんなことを言った。
「反応……ですか?」
彼女には思い当たる節が無いようで、キョトンと小首を傾げている。
「昨日、俺らがカラオケの話してる時さ。一瞬だけこっち見たろ」
「うぐ、バレてたんですか」
「俺だけじゃなくて誠吾も気づいてたぞ」
まあ、奴は自分を見ていたと勘違いしていたようだが。気づいたことには変わりない。
「だって、羨ましかったんですもん……」
歌い手桜桃の歌唱を生で聞ける誠吾が羨ましいとでも思ったのだろうか。
「そんなに俺の歌が聞きたいの?」
ぐでーっと机に突っ伏しながらクスッと笑う。すると彼女はプクっと頬を膨らませた。
「聞きたいに決まってるでしょう。推しですよ。大ファンなんですよ」
「あはは、分かった分かった」
キッチンを乗り上げそうな勢いで前のめりになる彼女に、つい苦笑してしまう。
「じゃあ一位だったら一緒にカラオケ行く?」
「へ!?」
いたずらをする子供のような顔になってしまっていると自覚しながら、彼女にそんな提案をしてみる。勿論、八割以上冗談のつもりで言っている。
桜桃のリスナーである以前に、彼女は女神様だ。
俺はネットで顔を出していないため、リアルの生活は平穏そのものだった。しかし、彼女は俺とは違う。
青南高校という小さな世界ではあるが、それでも数百、俺が把握していないだけでもしかしたら数千にもなる数の人々の全てに認知されているのだ。そんな彼女が俺のような一般人と二人きりで行動してしまったらどうなるのか。そんなことは火を見るよりも明らかだ。
「まあ無理なことは分かりきって—―」
「いきます!!」
苦笑しながら提案を撤回しようとしたのだが、言い終える前に彼女が声を上げた。
「いや、提案した俺が言うのもあれだけど、分かってる?」
先程よりも前のめりになってしまっている清水さんを見ながら、俺は呆れたような声を出してしまう。
「分かってます。それでも行きたいです」
料理に戻りながらだが、彼女はまっすぐ俺を見ていた。その眼には、テコでも動かないほど揺るがない意思がハッキリと映し出されていた。
「……俺に決定権は無いし良いけどさ」
つい、溜息を吐いてしまう。これは彼女のご褒美だし、公序良俗に背いていなければ従うしかないだろう。
「ちなみに、俺の提案がなきゃどんなことをご所望してた?」
今日彼女がこの家に来た時の顔を思い出しつつ、俺はそんな質問を繰り出す。
昨日は晩御飯を誠吾と食べたので彼女と会っていなかったが、今日の顔を見る限り今回も一位の座は変わらないのだろう。少し知り合いに同情してしまった。
「えっと……その」
どうやら料理ができたらしく、皿を机に置きながら女神様は言葉を詰まらせていた。
そんなに言いづらいものを頼もうとしていたのだろうか。それなのであれば丁重にお断りしたいものなのだが。
なんて心の中で考えていたのだが、清水さんは俺の予想とは違った回答をした。
「バイクに、乗せて欲しいなって」
「バイク?」
その少し意外な答えに、俺は目を瞬かせながらつい聞き返してしまった。
「はい。乗ったことないですし、前々から光月さんのバイクを見ていて、いいな……と」
そんな彼女は耳を赤く染めていて恥ずかしそうだ。いやそんな恥ずかしがること?
「バイクなら幾らでも乗せてあげるけどさ」
思っていたより健全な要望で安堵しつつ、俺は彼女を見て微笑んでしまう。
バイクならヘルメットを被ることで特に青南の学生たちに見つかることもないだろうし、好都合である。
「でもカラオケにも行きたいですし、うーん。どうしましょうか」
うーん、と唸りながら悩み続けている彼女を横目に、俺は箸を手に取る。
「いただきます」
「あ、どうぞ。今日はロールキャベツです」
赤色の液体で煮込まれたキャベツの包みが湯気を立てながら俺の前に鎮座している。他にもスープやらなんやらが色とりどりの輝きを放っていた。
「それで、話を戻すけどさ」
モグモグとロールキャベツを口に運びながら、俺は清水さんをジッと見た。
「清水さんはいつなら空いてるの?」
「私ですか?」
キョトンと小首を傾げる彼女に、俺は頷くことで返事をする。
「基本いつでも空けれますけど」
「おーけー。なら次の日曜日空けてな」
日曜日は危険度が大きくなってしまうが、土曜日は部活があるし、配信もしたい。平日なんて
「待ってください。何の話ですか?」
本当に分からない、といった様子で清水さんがピンッと手を挙げた。
「何って、ご褒美だよ。行くんだろ?」
「でも私どっちにするか決めてませんよ」
彼女は何を言っているのだろう。と俺はつい小首を傾げてしまった。
「バイクに乗ってカラオケに行きゃ解決だろ。その後移動してブラブラできるしさ」
と、あたふたする彼女に苦笑するのだった。
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