第21話

「テストですね」

「だな」

 いつも通り晩御飯を食べて、食後のゆっくりタイム。そんな時間にエゴサをしていると、彼女が突然口を開いた。

 その言葉に短く相槌を打ちながら、清水さんの方をちらっと見る。

「真面目だよね。ほんとに」

 俺がエゴサをしている間、彼女は参考書を机に広げて勉強していた。

「すいません。勝手にお邪魔しているのに」

「いやいや、ご飯助かりまくってるから。それくらいは全然っていうか、寧ろこっちか申し訳ないくらいだよ」

 彼女はご飯をここで作る関係上勉強する時間が削られてしまう。そのため、少しでも勉強時間を確保するためにウチで少しだけ勉強しているのだ。

「それにしても、貴方は本当に勉強しないんですね」

「ん? そりゃあな」

 ジト―っと、少し引き気味な目で見つめられる。

 テスト期間中に出される課題は大体授業中に内職して終わらせているし、テストだからって勉強したりはしない。そんな時間があるなら歌ってる。

「よくもまあ、それで上位に入れますよね」

「わりい、天才なもんで」

 ……いや、変なボケをした俺が悪いんだけど、そんな目で見ないでくれ。あんたにその顔されたら流石の俺でも泣きたくなるから。

「でも、約束のこと忘れたんですか?」

「ご褒美だろ。覚えてるよ」

 約束自体は覚えているが、別に俺は彼女から何か貰おうとか思っていない。それゆえに俺は今回も今まで同様にノー勉なのだ。

「むー、ではなぜ勉強しないのです?」

「君は俺にご褒美をあげたいのかい?」

 謎に頬を膨らませる彼女に、俺はつい困惑してしまう。別に勉強していなかったらご褒美無しで済むんだし、彼女としても楽だと思うのだが。

「欲しくないのですか。何でもすると言っているのに」

「要らないかな。欲しい物は自分で買うし」

 桜桃の活動のおかげでお金には困っていないし、欲しいものなら自分のお金から出せばいい。などという考えで答えると、彼女は少し困惑していた。

「おかしいですね。世の男子はこれでやる気を出してくれると聞いたのですが」

「誰から聞いたんだそんなこと」

 頼むから彼女に変な知識を植え付けないでほしい。被害受けるの俺だから。

「『可愛い子に頼まれたら頑張るしかない』と言ったのは桜桃さんですけど」

 ふざけんなよ過去の俺。女神様も見ているということをもっと自覚しやがれ。いやまあ当時は彼女が見ているなんてこと知らなかったんだけどさ。

 ていうか、相変わらずこの人は自分が可愛いことを理解しているな。

「そんなに俺に勉強をしてほしいの?」

 不満気な清水さんを見つめながら、肘をついてクスッと笑う。

「というより、赤点取られると困るので」

 なるほど。彼女からしたら推しが赤点を取るのは避けたいのだろうな。

 うちの学校は補習あるし、その分時間を取られてしまうから活動にも支障が出てしまう、とでも考えたのだろう。

「赤点なんて取らないよ」

「信じられません」

 苦笑しながらそう言うと、即座に冷たいトーンで返されてしまった。

「なら次のテストで証明してやるよ」

 彼女の瞳を真っ直ぐ見つめニヤッと笑う。すると、彼女は不安げな顔で、

「期待しています」

なんて表情と合わない返事をした。


「テスト、シンドイ」

 それから時は進みテスト最終日の朝。俺が自分の席につくと、誠吾がげっそりした顔で近づいてきた。

「最終日だ。頑張れ」

「まだ今日もあるのか……」

 彼の絶望した顔が更に暗くなっていく。普通最終日と聞いたら元気が出ると思うのだが、案外彼はネガティブらしい。

「そう言うなって。終わったら遊ぼーぜ」

「ん、いいな。カラオケでも行くか」

 誠吾の口から「カラオケ」という単語が出てきた瞬間、少し遠くからとてつもない圧を感じた。

 バッとそちらに振り向くが、誰も俺たちを見てはいなかった。そこには女神様に教えを乞う者たちしか居ない。

 しかし、そんな少ない情報でも俺は今の視線が誰のものか、簡単に分かってしまった。

 ……あの桜桃リスナー、「俺がカラオケ行く」ってとこに反応したな?

 きっと周囲の誰も気づいていないだろうが、俺は少しだけハラハラしたのだった。

 何気に、俺の目の前に居る女神ヲタクは謎のセンサーによって清水さんの視線をキャッチしていたらしく、

「今女神様が俺を見た!?」

とはしゃいでいた。

 あの一瞬の出来事に気づくの怖いし、自分が見られたと解釈するのはキモいよ……

などと、心の内で呆れる俺であった。

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