第20話
ゴールデンウィーク最終日、これが終わるともうテストが始まっていく。
「飛び込みやろうぜ、誠吾」
ゴールデンウィークは寒いということもあってメニューが少なめになっている。
そのため、元々メニューをこなすのが早かった俺達はすぐにメニューが終わり暇を持て余していた。
「いいけど、さみいじゃん」
「飛び込みなら一瞬だし良いじゃねえか」
「まあ……たしかに」
渋々といった感じで、誠吾は飛び込み台に上る。それから慣れた動作で陸上のクラウチングスタートのような姿勢をとった。
「テイクユアマーク……ぴっ!」
という俺の合図で、誠吾は飛んだ。
Take Your Mark。水泳におけるスタートの合図だ。昔の国内大会は「
まあ陸上でいうオンユアマークだ。
誠吾は空中でストリームライン、すなわち蹴伸びの姿勢を作り斜めに入水していく。
「いいね〜」
大体プールの半分ほどで浮き上がってくる誠吾に声をかける。
「意外と鈍らないもんだな」
「そりゃ、去年散々飛んだしな」
競泳は個人技のため、一年の頃から大会に出ている俺達は何度も飛んでいる。そのため数ヶ月経っても体は覚えているのだろう。
「あいずっ!!」
戻ってきた誠吾にそんなことを言ってから、飛び込み台に立つ。
「テイクユアマーク、ぴー!」
誠吾の気の抜けた合図で、俺は飛ぶ。
「相変わらず飛び方おかしいな。お前」
俺も大体半分ほどまで泳いでから、プールサイドに上がる。すると、呆れた顔の誠吾にそんなことを言われてしまった。
「いいだろー」
「辞めた方がいいと思います」
「そりゃそう」
俺の飛び込みは、世間一般的にいえば変な飛び込みなので、賛否は分かれるってか基本否しかない。
「いーの。俺はこれで最後までやるの」
「そうかよ……」
普通の飛び込みの方が良いのは分かっているが、どうせならこれで引退まで泳ぎたい。
そんな頑固な俺に、誠吾は呆れた顔のままジトーッと俺を見つめるのだった。
「つかれたぁー……」
バイクから鍵を抜いて、エレベーターのボタンを押して動き出した瞬間、ドバっとダムが崩壊したように疲労が身体を襲った。
何度か室内プールで泳いだとはいえ、本格的な練習をするなんて半年ぶりだし、体力も何もかも落ちているので、流石にしんどい。
重い足をなんとか動かして、エレベーターを出て廊下を歩く。
「あ、お疲れ様です」
「んあ?」
廊下の床しか見ていなかったため気づいていなかったが、俺の部屋の前に誰かが立っていた。まあ、その人物は知っている人だが。
「お疲れ様です」
顔を上げて、女神を視界に収める。
「待たせたかな。ごめん」
現在時刻は午後六時ほど。丁度晩御飯の時間くらいだが、彼女が来ることを忘れてしまっていた。本当に申し訳ない。
部活は午前で終わりなのに何をしていたかというと、勉強を教えていました。はい。
学校を出ようとした時、バイクを停めてあるところに向かっている道中に面倒なやつに捕まってしまったので、仕方なく教えていたらこんな時間だった。
「いえ、出たばかりなのでお気になさらず」
「そっか」
ニコッと笑う彼女に俺は微笑みながら鍵を開ける。そうして清水さんを部屋に招いた。
彼女が家に来ることに慣れるの早かったな、なんて思いながらソファにぐでっともたれ掛かる。
「本当におつかれですね」
彼女はふふっと笑いながらこちらを見ていたので、俺は苦笑しながら天井に視線を移す。
「流石になー」
「水泳は全身運動ですからね。良いダイエットになりますよ」
「これ以上どこを削れと?」
自分でいうのもあれだが、俺は痩せ型な方だ。去年一年間のおかげで筋肉はついてきたが、それでも俺は細い部類だと思う。
「そういや、清水さんもダイエットの必要は無いよね」
「セクハラですか?」
「違う違う!!」
頬を赤らめながら変なことを言ってきたので、俺は全力で否定する。
燃えるから本当にやめてほしい。ネットの人間だけでなくリアルの奴らにも燃やされるから本当に勘弁してほしい。
「ライン超えた発言なのは悪かったけど、ただ褒めてるだけだから!」
「ふふ、分かっていますよ」
どうやら、俺は彼女の掌で踊らされていたらしい。楽しそうに笑う彼女を見て、ようやく理解したのだった。
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