第19話
「プール、今日もさみいよなぁ……」
水が溜まりきったプールを眺めて、誠吾がそんなことを呟いた。
「足
「予想してやろう。多分やる」
去年のこの時期は、大変だった。
特に目の前に居るこの男が大変なことになっていた、と記憶している。
あまり経験したことないと思うが、人間という生物は寒さによって攣ることがある。
水泳部はこの時期から活動する関係上その現象と戦いながら練習することになる。
誠吾はその辺弱いらしく、よく足を攣っていた。中でも、両足合計六箇所を攣って担架で運ばれた時は大変だった。
そういえば、俺達はその時期から関わり始めたかもしれない。担架で運んだの俺だし。
「お前ら、攣るなよー?」
俺達が過去の事を思い出してプールを眺めていると、後ろからそんな声が飛んできた。
その声の方向を見ると、そこには呆れたような顔をした部長が居た。
「ロックス、貴方もでしょ?」
「ははは、それはそう」
俺が呆れ気味に返すと、彼はケラケラと笑った。
この人は
水泳部の部長だが、中学時代にはサッカー部だったらしい。なぜこの部に来たんだろ。
俺や先輩方はこの人の事をロックスと呼んでいるが、その理由は簡単だ。
この人はハーフで、昔ロックスという名前だったらしく、日本国籍を取得した時に翔という名前にしたらしい。
殆ど呼び捨てのようなものだが、なぜか俺は許されている。他の奴らはロックス先輩と呼んでおり、俺はよく「先輩を付けろ」と誠吾に怒られている。
「ほら、始めんぞ」
「「うぃーっす」」
先輩の言葉に、俺達は揃って返事を返す。
「うわー、入りたくねー」
俺達は基本遅れ気味に練習を開始するのだが、この時期はみんな入りたくないらしく、プールサイドで渋っていた。
「お前行けよ。先」
「おれぇ?」
誠吾にバシンと背中を叩かれて、俺はため息をついた。
俺と誠吾は二人で同じレーンを使用している。そのため毎度どちらが先入るか論争をしているのだが、何故か毎回俺が先だ。
「わーったよ。ちょい退いて」
ゴーグルを付けて、フェンスギリギリに立つ。誠吾は俺のやりたいことに気づいたらしく、俺の前を開けてくれた。
「行くぞ」
小さく呟いてから、俺は走り出した。そうしてプールサイドのギリギリで踏み切る。
足に力を込めて、全力で地を蹴る。それによって体は空を飛び、ストリームラインを作って手から入水をする。
大体小学校六年生くらいの深さがあるプールの底スレスレを通って、浮上していく。
走り飛び込み。大会で使うことは無いし、なんなら危険しかない飛び込みだが、俺はなぜか習得している。
寒い時は意を決して勢いよく入るに限る。
「相変わらずバカだよな」
「うるせえやい」
50m一本泳ぎ終わると、後ろからついてきた誠吾に呆れられた。
「ほら、五秒前」
誠吾の言葉に噛み付こうとすると、そんなことを言われてしまったのでバッとタイマーを見た。
「三秒、よーい……うぇい!」
誠吾の合図に従って、スタートする。
俺はフリー、すなわち自由形の選手のため、クロールで泳いでいく。
もはや50mを泳ぐことが当然になっている。昔は25mでも大変だったのにな。
ウチのプールは短水路なため、25mのところでターンをする。一年経ってもターンは苦手だが、昔に比べて成功率は上がっている。
「お前ら上がってないで泳げぇ!」
メニューをこなして、少しのレストの間にプールサイドを見ると、一年の何人かが震えながらタオルを巻いていた。
「流石に寒いっす!!」
「んなこと知ってるから、はよメニュー終わらせて上がれ!!」
「まあまあ、流石に寒いから」
一年をプールに叩き落とすために上がろうとすると、ロックスに止められた。
「ってロックスも上がってんじゃないっすか! 部長でしょあんたぁ!!」
部長としての優しさかと思えば、ただ単にこの人も寒いだけだった。
……そのため止まることは無いと判断した俺は全員をプールに叩き落としたのだった。
「待って足攣っゴポ」
「何してんだお前ぇぇ!!」
プールの真ん中あたりで沈んでいく誠吾を見て、俺は全力で奴のもとまで泳ぐ。それからマネージャーを呼んで誠吾を引き上げる。
「痛い」
「バカかな、ホントに」
今日はマッサージができるマネの先輩が居ないので、仕方なく俺がマッサージをする。
「足攣るのはしゃーないだろぉ」
「ホント、寒さに弱いなお前」
なんて言っている俺だが、実はその手足は小刻みに震えているのだった。
……さむい。
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