第18話

「出来ました」

 彼女が来て少ししてから、そんな一言と共に料理が盛り付けれた皿達を俺の前に置いていく。

 その料理を見て、俺はつい喉を鳴らしてしまった。それほどに、この料理達が美味しそうだったのだ。

「うまそ……」

「どうぞ。冷めないうちに」

 箸を渡しながら促してくるので、「ありがと」と一言言ってから手を合わせる。

 配信は意外と疲れてしまうし、その中でも歌を歌う行為はダイエットのようなものだ。

 がっつく程では無いが相当お腹が空いているのは事実なので、いきなりメインディッシュに箸を伸ばす。

 目の前に広がるのは、鮭のムニエルだった。手の込んだ食事を取るのは久しぶりなので、少しワクワクしながら口へ運ぶ。

 一度噛むと、バターの香りと鮭の旨みが口の中に広がっていく。

 空腹の俺は無我夢中で料理を口に運び、気づいた時には既に完食していた。

「随分、美味しそうに食べましたね」

 テーブルの対面に座った彼女は、驚いたような顔で俺の事を見つめている。

「実際美味かったしな」

 感想を短く伝えると、彼女を視界から外すように顔を背ける。

 ご飯に夢中で忘れていたが、今は彼女が家に居るのだった。中学生のガキみたいな食事をしてしまって、それを女神様に見られていたのだ。羞恥心のせいで顔が熱い。

「お口に合ったのなら何よりです」

 チラッと彼女の方を見ると、満足そうに微笑んでいた。


「そういえば、二回目ですね」

 ニコニコされ続けるのもいたたまれないので、片付けを始める。勿論、彼女には止められたが全力でシンクに突撃した。

 不満気に椅子に座っていた彼女だったが、何かに気づいたように部屋をぐるりと見渡している。

「二回目ってのもおかしな話だけどな」

 俺の家に上がるのは二回目、という意味なのだろう。そんなことを言う彼女に俺は皿を洗いながら苦笑する。

 忘れない欲しいのだが、俺達は一年間ろくに関わってこなかった。それなのに身バレしてから去年を余裕で超える頻度で会っている。まだ一ヶ月も経っていないのに。

「本来なら、俺達は関わることなかったはずなんだけど?」

「防音室の扉を閉めないのが悪いです」

 ぐうの音も出ないとはこのことだな。

 彼女が桜桃のガチファンだったからこうなっているのだが、それ以前に俺がバレてしまうような行為をするのが悪い。

 ガチファンなことは罪ではないし、非は全て俺にある。

「今後は、 気をつけてくださいね。私だったから良かったものの、危ないですから」

 そんな彼女を見て、俺は改めて思った。


隣に住んでいたのが彼女で良かった、と。


「気をつけるよ。ありがとうな」

 素直に感謝を告げると、彼女は少し恥ずかしそうに顔を逸らした。

「推しに感謝されるのは、ちょっと恥ずかしいですね」

「ガチファンかよ」

「ガチファンですよ」

 ガチファンだった。

 そんなこんなで皿洗いも終わったので、食後のゆっくりタイムへと移行した。

「そろそろテストですけど、大丈夫ですか?」

 コップを指で弄りながら、目の前に座っている彼女が訊いてきた。

「どーにかなるとは思うよ」

 特に勉強とかはしていないが、赤点は取ったことないし、よっぽど大丈夫だろう。

「大体三十位くらいでしたっけ?」

「三十位程度だよ。そんな目立って上でもないって感じ」

「でも高いじゃないですか」

「アンタだけには言われたくない」

 女神様は常に一位。そんな彼女に「頭良いね」なんて言われても複雑になるだけだ。

「もう少し上は目指さないんですか?」

「大学進学の予定も無いし、別にいいかな」

 大学を視野に入れているなら順位は高いに越したことはないが、俺はそういうわけでは無いためただ赤点を取らなければ良いと思っている。

「あら、意外です。大学行かないんですね」

「今んとこ桜桃に集中したいしな」

 不安定な職とはいえ、今波に乗っていることは続けていたい。元々趣味で活動していたわけだしな。

 仕事になった今でも歌うことは好きだし、配信も好きだ。それに待っているファンが居るのも理解しているので、そちらに注力したい、というのが今の意見だ。

「そういう清水さんはどうなの?」

 ふと気になったので、訊いてみる。二年の初めなんて進路を決めている人間は殆ど居ないとはいえ、彼女はなんとなく決めている気がする。

「今のところは大学進学を考えています」

 やはり予想通りだった。

「でも、どうせなら上を目指してみては?」

「めんどいしなぁ……テストだからって活動無くす訳では無いし」

 実はテスト中に音源の提出期限がある。それに配信もしなければいけないため、ぶっちゃけ勉強している余裕が無い。

 本音はただ勉強が面倒くさいだけだが。

「では、より上位に入ったらご褒美、なんてのはどうです?」

 人差し指をピンッと立てて、清水さんは笑顔で提案してくる。

「ご褒美、ねえ……」

 特に欲しいものとかはないが、まあご褒美が嬉しくない訳では無い。

「分かったよ。頑張ってみる。そうだ、清水さんも一位取ったらなんかご褒美あげるよ」

「へっ、申し訳ないですよ」

「その言葉、そのまま返すよ」

 俺も彼女に申し訳ないと思っているし、お互い様ってやつだ。それに、彼女だけ何も無しってのは不平等だ。

「一位なんて凄い事だし、もっと褒められるべきだろ。少なくとも、俺はそう思う」

 たとえ彼女にとって当たり前のことだろうが、俺からしてみれば褒めちぎりたいほど凄いことなのだ。

「そう……ですか」

「そうだよ」

 目を伏せながら訊いてくる彼女に、俺は即レスする。

「では、ご褒美貰えるように頑張りますね」

 顔を上げた清水さんは、どことなく嬉しそうな顔をしていた。そんな彼女を見て、俺は笑みを浮かべるのだった。

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