第23話

「雨なんよな……」

 朝、少し薄暗い部屋の中からザーッと地面に打ち付ける雨を眺めて、桜桃のリアル体は大きく溜息をついた。

 雨ということは、電車で通学することになる。それ自体は問題ないのだが、電車に乗ることで遭遇する可能性の人を避けたい俺としては嘆息するしかない。

 面倒くせえな、と暗い空を眺めて何度目かの溜息をつくのだった。


「お前何位だったー?」

「聞いて驚け。九十八」

「うっそだろ!?」

などという会話が広がる教室。

 現在は帰りのホームルームが終わって、担任教師から直々に中間テストの結果が帰ってきたところだ。

 もうこんな時代になると廊下に順位が張り出されるといった制度は無くなり、それぞれに配られる個票を見比べて順位を確認するのが普通となった。

 人々がテストの結果で騒ぎ立てる中、俺は一人席に座ってボーっとしていた。

 雨の日は低気圧によって頭が痛いし気分も重くなるので、こういう日はボーっとするに限るのだ。なぜみんな騒げるのだろうか。

「桃! 何位だった!?」

 我が友人の中にもテストの順位で騒げる人間がいた、と目の前で机を叩く次期水泳部部長候補を眺めながら苦笑する。

「二十九。お前は?」

「まじかよ、俺四十八。お前頭良すぎ」

 興味無い、貰う気は無いと思っていた俺でも実は多少彼女からの褒美が欲しかったのかもしれない。いや、それはないな。ただ山が当たっただけだと思う。

「悪ぃな。天才なんだ」

「何言ってんだキモ」

 フッと小さく微笑むと、誠吾はまるで化け物を見るような目で俺を見た。

「そんな事言うなよ。泣くぞ」

 我が友人からこんな目で見られたら流石の俺でも泣きそうになると知った俺だった。


「雨、止んだね」

「ですね」

 プールサイドで空を見上げながら短くやりとりを交わす俺とロックス。

 まさかの晴天で驚きを隠せない俺と今後の展開を予想して苦笑いをしてしまうロックス。予報でも止むとは書いてあったのだが、ここまで綺麗に晴れるとは思わなかった。

 しかしこの晴れは水泳部にとっては天使が差し伸べた手とは言えない。

 普通に生きる分にはあまり考えることはないだろうが、雨上がりというのは実は一番寒い時だったりする。

 晴れが暖かいのは勿論のこと、実は雨が降っている時は意外と暖かいのだ。それに比べて雨上がりというのは、水も空気も冷えているというのに残った雨水によって太陽の熱は奪われていき、気温が上がることはない。だからこそ一番寒い時なのだ、と俺は考えている。専門家ではないから分からないけどな。

「はいはーい!! みんな特別ゲストを連れてきたよー!!」

 二人揃って更衣室に戻り、この時期に合わぬ恰好に着替えていると、突然入り口からそんな声が聞こえてきた。

「じゃじゃーん。我が校が誇る女神様!! 連れてきちゃいました」

 そちらを見ると、うちの女子部員の一人が満面の笑みで何者かの手を掴んで無理やり部室に入れていた。そして最悪なことに、その誘拐された人物は俺の知る人物だった。

「お、おじゃまします」

 その美貌を視界に入れた男共は歓喜、誠吾に至っては失神している。

「あれが噂に聞く女神様。まじで可愛いな」

 隣のロックスも呆気にとられていた。流石の部長でも男ということだろうか。

 部長から視線を外し借りてきた猫のようになっている女神様に移すと、あちらもこっちを一瞬だけ見たらしく、視線が交錯する。

『なんで来たんすか』

『本当にごめんなさい』

という会話を目線だけで交わす俺達。いや本当になんで来たの。

「おいナツメ。なんでそんな有名人連れてこれてんだ」

 大きく溜息を吐いて、二人に近づいていく。

 女神様を連れてきたのは、片桐かたぎりナツメ。俺達水泳部の女子エースといっても過言ではない人物だが、俺は彼女たちの間に関係がないことは知っている。だからこそ今の状況に疑問が絶えない。

「暇そうだったから誘拐しちゃった」

「しちゃった、じゃねえよバカ」

 ドヤ顔でそんなことを言われてしまったので、真顔のままチョップをくらわす。

「すいません。この馬鹿が」

 あくまでも知らない人のふりをしながら頭を下げると、クスクスと笑いが聞こえた。

「大丈夫ですよ。賑やかで楽しいですし」

 そう言った彼女は俺の姿を一瞥して、新しいものを見たガキのような目になる。そんなに変だっただろうか。ただの水着姿なのだが。

「そういえば光月さんは水泳部でしたね」

「一応そっすね。変ですか?」

「いえ、競技の水泳というものを見たことがなくて、お姿が新鮮なだけです」

 確かに彼女に水泳してるところは見せたことがないかもしれない。ピチピチの水着だけという姿は見慣れないかもしれないな。

「あら? お二人は関わりがおありで?」

 ニヤニヤと横からナツメが出てきたので、それを再びチョップで撃墜する。

「ただのクラスメイトだ」

「ですね。何度かお話したくらいですよ」

 俺の言葉に彼女もすんなり同調する。どうやら俺との関係は伏せてくれるらしい。ばらすと女神様側も面倒くさいことになるしな。

 相変わらずの女神の微笑みでナツメの弾丸トークをいなす彼女を眺めながら、その非日常な光景につい苦笑をこぼしてしまう俺だった。

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